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[対談] イノベーションの視点

目に見えない損失に目を向けることが大切

鈴木 頭ではわかっていても、実際にはなかなか行動に移すことができないということもありますね。

大竹 豊作の時に、農家がキャベツやレタスをつぶしている映像をニュースで見ることがあります。その場合、レタス1個つくるのに100円の費用がかかったとして、価格がいくら以下なら廃棄処分すべきなのかという質問を、講演会や授業でします。すると、たいていの人は100円と言います。しかし実際は100円以下でも出荷費用以上の価格がつくなら出荷すべきなのです。というのは100円という費用は、レタスを育成する前なら考える意味がありますが、育てた後ではもはや取り返せません。こういう取り返せないコストを「サンクコスト」と呼んでいますがサンクコストはもはや考えても仕方がないので、それよりもこれから先いくら儲けるかを考えるべきです。つまり、出荷にかかる費用以上の価格がつけば出荷すべきだという結論になります。これを頭でわかっていても、100円以下で売るのでは育成にかけたコストがもったいないと感じてしまうのですね。

鈴木 目に見える損失には敏感ですが、これから先の儲けや損失など、目に見えないことは理解しづらいのでしょうね。私たちの商売でも、廃棄ロスがこれだけ出たとなると、商品の発注量を控えてしまう傾向があります。しかし実際は商品の発注量を控えてしまうと、そこにあれば売れたであろう販売の機会を逃すことになります。しっかりと発注して商品を揃えておけば、客数は増えて売上げが増え、廃棄ロスも減って機会ロスも減らすことができます。そう説明しても廃棄ロスははっきりと金額が出てきますが、機会ロスの方は「商品があれば300円売れた。400円売れた」という話だけで目に見えません。ですから、話として理解できても、実際には行動に結びつきにくいのが実態です。

大竹 もし違う行動をとっていたらいくら儲かったかというのを機会費用と呼んでいますが、これは実際には起こっていないことなのでなかなか認識できません。さらに実際に起こっていないことを現実と比較するというのは、難しいでしょうね。しかし、そこを考えられるかどうかで、商売の仕方も大いに変わってくると思います。

鈴木 そういう点を考えていくことが、これからますます大切になっていくと思います。現在のようにモノが充足している時代になると、あまり価格変動が生まれません。別の視点からすれば、所得も成長期のように伸びていかない社会といえます。ですから、過去の高度成長期を規準に判断していても意味がありません。これからの日本を考えるには、今のあまり成長しない状況が普通なのだというところから出発する必要があると感じます。

大竹 日本の高度成長期は他の先進国に追いつく過程にあり、人口がどんどん増えていた時期でした。この2つの点で、成長が普通の状態でした。しかし、成熟してモノがあふれるようになった。そして先進国のトップランナーの1人になると、何か新しい技術が開発されない限りは、「より豊か」になるということはありません。グローバル競争の厳しさを考えると、普通に働いていたら成長どころか、下がっていくのではないでしょうか。

鈴木 過去の延長ではなく、自分たちの将来をどう考えるのか、どういう社会にするのかということを、根本的に見直していく必要がありますね。

大竹 おっしゃる通りです。ただ、一番変わりにくいのは高度成長期を経験している人たちだと思います。
 行動経済学でよく知られていることに、1万円をもらった時のうれしさとそれを失くした時の悲しさを比べると、失った悲しさの方が約2.5倍強いというのがあります。今の状態から少しでも下がることへの拒否感は、高度成長期を経験した世代の方が大きいのではないでしょうか。そこの意識転換をしないとさまざまなところで問題が起こります。

鈴木 小売業でも高度成長期に大きく伸びた会社は、過去のビジネスモデルから脱却できず苦心しています。私たちも本部主導による画一的な店舗運営を改め、一つひとつの店が主役となった「脱チェーンストア理論」を掲げて、新たな経営スタイルに挑戦しています。
 今日の大竹さんのお話は、錯覚に陥らず、ものごとの本質から考えるうえでも大切なことだと思います。本日はお忙しい中、ありがとうございました。

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