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[対談] イノベーションの視点

経済学で社会を読み解き「この先」を切り拓く

「格差」「公平感」「利益と損失」などの本質を解明して
経済の実態に迫り続ける大竹教授を迎え
価値と価格など身近な問題から、これからの日本社会の成長まで
幅広い論点にわたって、行動を変えることに結びつく
モノの見方や考え方についてうかがいました。

HOST

セブン&アイHLDGS.
会長兼CEO
鈴木 敏文

GUEST

大阪大学特別教授・社会経済研究所教授
大竹 文雄

(おおたけ ふみお)
1961年京都府生まれ。1983年京都大学経済学部卒。1985年大阪大学大学院経済学研究科博士前期課程修了。大阪大学経済学部助手、大阪府立大学講師を経て、現在、大阪大学特別教授、社会経済研究所教授。『日本の不平等─格差社会の幻想と未来』(サントリー学芸賞、日経・経済図書文化賞、エコノミスト賞、日本学士院賞受賞)『経済学思考のセンス』『競争と公平感 市場経済の本当のメリット』『経済学のセンスを磨く』など著書多数。現在、NHK E テレ「オイコノミア」に出演中。

四季報 2015年WINTER掲載

軽減税率で、本当に恩恵を受ける階層は?

鈴木大竹さんは、一般書やテレビ番組等で行動経済学の視点から、私たちの生活にも密接に関わる経済的な問題について、やさしく説いておられます。私たちは日常生活の中でともすると錯覚に陥っているようなことも多々ありますので、今日はそういう点について、いろいろとお聞きしたいと思います。
 早速ですが、再来年の消費税引き上げに際して導入が検討されている「軽減税率」についてどうとらえていますか。

大竹軽減税率を導入する意図は、低所得層の消費税負担を軽くしようということです。家計支出に占める食料品への支出の割合、いわゆる「エンゲル係数」は低所得層の方が高所得層より高いので、食料品の消費税率を小さくすれば、低所得層の税負担を小さくできるというのが一般的な理解だと思います。
 しかし、家計支出に占める食料品支出の「割合」ではなく、実際の支出金額を考えてみると、高所得層の方が低所得層を上回ります。その結果、金額ベースでは高所得層が受ける恩恵の方が大きいことになります。これでは、本当の低所得層対策になりません。

鈴木私も同感です。また、消費税の引き上げは、これまでも消費心理に大きな影響を与えてきました。現在のように消費飽和といわれる時代、お客様は急いで何かを買わなければ、明日の生活に困るわけではありませんから、増税になると消費を控えます。こうした点については、どうお考えですか。

大竹それについてアメリカの行動経済学者が実験した事例があります。アメリカにも消費税のようなものがありますが、売場で税抜き価格だけを書いておいて、レジで税金を加算していたのを、税込み価格の表示に変えたら、売上げがガクッと減ったというのです。表示の仕方が変わるだけで、同じ額を支払うわけですから、購買行動には影響しないはずです。しかし、実際は見かけ上の価格が上がると行動に違いが出てきます。ご指摘のように、消費者の心理を織り込んで考えないと、経済を正しくとらえることはできません。
 軽減税率の導入も、やはり消費者心理に影響を与え、国民の消費行動パターンを変えてしまう恐れがあります。軽減税率の適用がなければ、食料品以外のものをもっと買っていたかもしれないのに、軽減税率が導入されたために食料品に支出が向けられるということが起こるかもしれません。新たな税制を導入する場合は、そういう心理的な点まで含めて、慎重に判断する必要があると思います。

なぜ今「格差」が議論されているのか

鈴木近頃、日本では格差拡大の問題に大変敏感になっています。私がジニ係数などを調べてみたところ、日本は世界各国の中でもむしろ格差は小さいといえます。また、最近になって格差が急速に拡大しているとも見えません。一般的な議論は、何か過剰な反応のように見えるのですが、どうでしょうか。

大竹格差については、私も以前から関心を持って研究してきました。格差が強く意識されるのは、実態として格差が深刻化している時よりも、たとえば、まだ給与水準全体は引き上げられていないけれども、株価が上昇に転じて、高級品や高額のマンションが売れ出したというような時が多いのです。2013年から2015年にかけてがそうでした。
 実際は、80年代から90年代にかけて格差が拡大していったのですが、これは人口の高齢化によるもので、年齢間の格差と高齢者の間で格差が広がった結果です。しかし、2000年代に入ると、格差はほとんど広がっていません。この背景には、社会保障の充実などで65歳以上の高齢層の格差が縮まったこと、そして年齢間の格差も縮小したことがあります。
 一方で、20代から30代では正規雇用、非正規雇用の問題などが生じていますが、先に挙げた2つの縮小傾向と相殺され、全体として格差は広がっていません。

鈴木小売業でいえば、アメリカやヨーロッパでは所得階層によって、百貨店かGMS(総合スーパー)、ディスカウントストアなど、利用する小売店の業態が異なっています。しかし日本では、誰もが百貨店もGMSもディスカウントストアも利用します。同じ人が業態を使い分けている点に、日本の消費市場の大きな特徴があります。そもそも階層間の格差が小さく、階層による生活スタイルや価値観の違いもあまり大きくないので、業態で分けて消費市場を論じるのは、もはや無意味なことのように思います。

大竹格差の議論が盛んになるもう1つの要因としては、成長率が下がって、親から相続する資産が比較的大きな価値を持つようになってきた点があると思います。成長率が高い時は、親から相続する分は、自分の稼ぐ分と比べて相対的に小さかったのですが、あまり成長が期待できない社会では、親からもらう分の重要度が相対的に高まります。日本の資産格差は、アメリカなどに比べるとずっと低いのですが、それでもそういう資産格差を実感するようになってきたのではないでしょうか。

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