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[対談] イノベーションの視点

価値と価格売上げと利益の心理的要素

鈴木 私たちの商売では、価値と価格は大変重要な問題です。よく、モノの価値と価格を混同して、価値がある商品だからいくら価格を高くしても売れるという誤解があります。このことについて、経済学の視点から大竹さんはどのようにお考えですか。

大竹 一般にモノの価値というと、それがいくらで売れるかという価格を思い浮かべます。しかし、市場では人々の間の共通価値の価格でしか売れません。一方で、私たちがモノを買うときは、自分の価値観に照らして、その私的価値に見合っているか、あるいは、価格がそれ以下の場合に限ります。この私的価値は、共通価値とはまったく違うものです。落語に『千両みかん』(※)という噺がありますが、千両の値段はあくまでもお店の主人がつけた私的価値に基づくものです。それを、共通価値と混同しているからおかしいわけです。

鈴木 商売をする場合、売上げと利益という点も、よく考える必要があります。グループのそごう・西武とイトーヨーカドーが共同開発した「リミテッド エディション IYコラボ」という紳士のドレスシャツがあります。これは品質6000円相当の価値を備えていますが、4900円で売り出しました。1年ほどして売れ行きが落ち着いてきたので、イトーヨーカドーで3500円に値下げをしたところ、販売枚数がぐっと増え、結果的に全体の利益も上がったのです。お客様が価値をよく知っている商品ですから、心理的な要因も 加わって、それまで以上の量が売れたのです。

大竹 今のお話で面白いのは、心理的な要素が入っている点ですね。「下がったら得した感じがする」という心理的な要因が加わると、最初はそれほど買うつもりが無かった人でも買いたくなるという要素が加わります。そのお得感によっても需要が増える。行動経済学ではそういう点に着目します。
 売上げと利益の関係では、こんな話もあります。本の場合、著者は少しでも安い価格にしてたくさんの人に買ってもらいたいのですが、出版社は返品のリスクをなるべく避けるため、印刷部数は少なめにして価格を高めに設定します。著者は売上げを最大化したいのですが、出版社は利益を最大化するために、総売上が減っても高めに買ってくれるお客様に買ってもらう方が良いのですね。

※『千両みかん』:真夏にみかんを食べたいと病に臥せった若旦那。番頭が駆けずり回って奇跡的にみかん問屋で探し出した1個に、父親である旦那が千両を支払う。若旦那はそれを喜んで食べるが、両親と、番頭に感謝して、それぞれに1 房ずつ食べてもらおうと、10房のうち3房を残す。それを受け取った番頭が「ここに三百両ある」といって、持ち逃げしてしまう話。

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