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[対談] イノベーションの視点

「素人のように発想し玄人のように実行する」

鈴木 伊藤さんは、環境に対応していくうえで、どういう点が重要だとお考えですか。

伊藤 私は「素人のように発想し、玄人(くろうと)のように実行すること」が大事だと思います。私たちは、どうしても既成概念や固定観念にとらわれてしまい、白地のキャンバスに一から絵を描き始めるような気持ちにはなれません。つねに、過去の経験に照らして「消費者はこう行動するはず」「こういうものを好み、この商品を選ぶはず」と、「はず」の連鎖で発想しています。その先入観、固定観念を全部捨てて素人になることが必要です。一方で、実行する際には素人のようではうまくいきません。きめ細かく、徹底力と効率性を持って、専門家として実行することが大切です。

鈴木 確かにそうですね。セブン‐イレブンでは、本部はマーケットの変化やニーズ動向など、細かなマーケティングを行ったうえで新しい商品を開発し、お店に推奨します。各店はその中から自店のお客様ニーズに合った商品を発注する仕組みです。

伊藤 セブン‐イレブンでは、OFC(店舗経営相談員)が加盟店のオーナーさんと対話を重ねながら、白紙の状態からその地域で売れる商品などをつかみ取っていきますね。それはまさに素人のように発想し、玄人のように実行するということだと思います。

横串を通すことが本部の役割

鈴木 冒頭でも申しあげましたが、今年セブン&アイHLDGS.は設立10周年を迎えます。伊藤さんからご覧になって、グループのあり方で重要な点は何でしょうか。

伊藤 私がこの十数年、講演などで指摘してきたことは、日本の企業は部分最適が強まっているという点です。日本企業の社員は真面目で、あまり会社をかわりませんから、視野狭窄になりやすいと思います。その結果、自分たちの会社のためと言っても、会社全体ではなく、部や課のレベルで最適化を図っているだけになっています。
 また、「ライバル会社は?」と聞くと、たいてい同業他社の名前が挙がります。それなども視野狭窄の最たるものだと思います。たとえば、私がセブン‐イレブンで買物をする時、接客サービスなどを比較するのは、他のコンビニチェーンの店舗ではなく、今までに好印象を与えてくれたホテルや百貨店だったりします。セブン‐イレブンが戦っている相手は、決して同業他社ではなく、一流のホテルだったりするわけです。

鈴木 私は、同業他社の店との比較ではなく、お客様に喜んでいただける商品やサービスが提供できているかどうか、つねに客観的な目で見ることが重要だと考えています。

伊藤 日本ではバブル崩壊後、利益責任などを明確にするために多くの企業がカンパニー制を採り入れました。ところがその結果、縦割りの意識が強まり、ますます個別最適化が進みました。多くの大手企業は、利益拡大の過程で多くの事業を抱え込みました。その結果、経営トップは社員に向かって「イノベーションに必要な事業はすべて自社で擁している」と言いますが、単なる事業の集合に過ぎません。各事業に横串を通さなければ、いろいろな事業を持っていたとしてもイノベーションは起こりません。

鈴木 セブン&アイHLDGS. は、グループ全体でシナジー効果を発揮することに力を注いでいます。セブンプレミアムも、その成果の一つです。開発に当たっては、個々の事業会社から、それぞれ根強い反対意見がありましたが、従来のPB(プライベートブランド)のイメージを一新する価値のある商品をつくれば、どの業態でもお客様は同じ価格で買ってくださると、私は反対を押し切りました。結果、お客様から支持をいただき、「金の食パン」などのヒット商品も生まれました。

伊藤 確かに、セブン&アイHLDGS. では、グループMD、チームMDなど、横串を通すことに成功していますね。私は、ホールディングスや会社の本部の役割というのは、横串を通すことだと思います。実際に事業を担当する事業会社や部門は、日々の仕事でいかに利益責任を果たすかという使命がありますから、横串を通すことを考える余裕はありません。また、横串を通すには、強力なリーダーシップも必要です。ホールディングスや本部はリーダーシップを発揮して、勇気を持って横串を入れていく、あるいはその仕掛けをしていくことが、重要な役割だと思います。

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