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[対談] イノベーションの視点

意見が分かれた作品ほど当たる確率が高い

鈴木 90年代に『週刊少年ジャンプ』の立て直しに取り組まれた際には、どういうことに力を注がれたのですか。

鳥嶋 1995年に653万部というマンガ雑誌として最高の発行部数を記録した後、一気に発行部数が下がっていきました。そういう時に私は編集長として戻されたのですが、当時は主だった連載は終了していたり、終了が決まっていたりして、しかも、全国紙の1面トップに「『マガジン』、『ジャンプ』を抜く」という記事が載ったりしました。それで編集部も浮き足だっていて、仕事に集中できる環境ではありません。ですから、私は編集スタッフに「私たちのライバルは『週刊少年マガジン』ではない、『週刊少年ジャンプ』のコンセプトは今まで何一つ間違っていない。だから、『小中学生の男の子に向けたマンガ』という原点回帰をしよう」と言って、『週刊少年マガジン』は気にしないよう指示しました。

鈴木 なるほど。私も、以前から社員たちには、私たちの競争相手は同業他社ではなく、お客様だと言い続けています。かつて、高度成長時代は、MR(マーケットリサーチ)と称して、同業他社の店を見ることも仕事の内といわれていました。それで、同業他社の店を見ると、どうしてもマネをしたくなるものです。しかし、消費市場が「売り手市場」から「買い手市場」に変わる中で、他社のマネは通用しなくなりました。お客様のニーズの変化が速くて、他社の成功例を見てから、それをマネした売場をつくっていたのでは、ニーズの変化に追いつけなくなったからです。ですから、競合他社を見るのではなく、お客様のニーズの変化そのものを自分たちでとらえるように指導してきました。私自身、同業他社のお店に入ったことがありません。重要なのは、商品を買っていただくのはお客様だということです。世の中の変化とお客様だけを見ることが大切です。

鳥嶋 私も、研究するのはいいが、マネはだめだとスタッフに言っています。

鈴木 『週刊少年ジャンプ』の立て直しでも、新しいことに挑戦されたわけですね。

鳥嶋 原点回帰の方針を徹底するため、前の編集長の立てた企画を3カ月かけて関係者に頭を下げて回って断り、スタッフには、「もう次の企画は何もないから、君たちが新しくつくるしかない」と言いました。しばらくして『ONE PIECE』という作品が出てきたのです。今や日本を代表する大ヒットマンガとなりましたが、実は連載を決める会議では、2時間もめました。ポイントとなったのは「意見が分かれたものは当たる確率が高い」という編集部の経験則でした。

鈴木 私も、いろいろなことに取り組みましたが、みんなが反対することの方が、成功する可能性が高いですね。みんなが賛成することはやらない方がいい。

鳥嶋 鈴木さん自身も、セブン‐イレブンの創業やセブン銀行の設立の際、みんなに反対されていますね。私が思うに、みんなが賛成するものというのは、すでにどこかで見たことのあるものだから判断しやすいのだと思います。みんなの賛同を得にくいものは、何か新しいものを含んでいます。そういうものこそ、やってみる価値があるのです。また、仮に失敗したとしても、結果を分析すれば次へのヒントになりますから。これが今までやってきたことや平均点的なことであれば、失敗してもデータとしての価値もありません。

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