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[対談] イノベーションの視点

変化をとらえる価値追求の視点が 「競合なき市場(ブルーオーシャン)」を切り拓く

水平思考による市場創造やマトリックス・マーケティングなど
流通業やマーケティングの研究を独自の視点で進めてこられた野口教授を迎え
セブンプレミアムなど実際の取り組みを例にこれからの成長戦略について
示唆に富んだお話をうかがいました。

HOST

セブン&アイHLDGS.
会長兼CEO
鈴木 敏文

GUEST

早稲田大学社会科学総合学術院教授

野口 智雄

(のぐち ともお)

1956年東京生まれ。1984年 一橋大学大学院商学研究科博士課程単位取得。横浜市立大学助教授、早稲田大学助教授を経て、1993年より現職。2006年3月~ 2008年3月 スタンフォード大学客員研究員。主な著書に『ビジュアル マーケティングの基本』 『FREE経済が日本を変える』『水平思考で市場をつくる マトリックス・マーケティング』『なぜ企業はマーケティング戦略を誤るのか』など。

四季報 2014年 AUTUMN掲載

「異業態共通」という新発想が新たな市場を創造

鈴木 今日は、小売業やマーケティングの研究で成果を上げてこられた野口さんに、いろいろとお話をうかがいたいと思います。

野口 私は「金の食パン」について注目しているのですが、あの商品はNB(ナショナルブランド)商品より値段が高いにもかかわらず、大変なヒット商品になりました。セブンプレミアム、そしてセブンゴールドの登場で、PB(プライベートブランド)は完全に次元が変わってしまったという印象を持ちました。長らくPBは、NBの代替品という位置づけで、NBより安いというのが常識でした。それをセブンプレミアムが覆し、セブンゴールドによって、ますます商品としての独自性が明らかになってきました。

鈴木 今のお客様ニーズに応えるには、質を重視しなければなりません。私は、セブンプレミアムの開発にあたって、最初から「安いものではなく、質を追求した商品をつくりなさい」と言ってきました。
 それから、百貨店、スーパー、コンビニというグループのあらゆる業態で、値段を変えずに売るようにとも言いました。たしかに、百貨店では高級品がメインですが、ボリュームゾーンも扱っています。スーパーではボリュームゾーンを中心に高級品も扱っています。コンビニもスーパーと同等の商品を扱っています。その中で、同じ価値や質の商品を扱っているのであれば、同じものを売ってもおかしくないはずです。それが支持される商品であれば、買える拠点が増えるのですから、売れないわけはありません。

野口 思考のスタイルには、過去の慣例や価値基準の枠組みの中で問題を解決しようとする「垂直思考」と、常識や論理的な思考から飛躍した発想をする「水平思考」があります。私は、新しいマーケットを開拓するには、「水平思考」が必要だと言い続けてきました。どの業態でも同じ商品を売っていくというのは、まさにこの典型といえる発想の転換です。これは言葉で言うのは簡単ですが、実践するのは困難でしょう。それを実行されたのは、大変な驚きです。

「変え続けること」でお客様の心をつかむ

鈴木 商品開発でも店づくりでも、他と違う独自のものをつくっていけば、決して競争には巻き込まれないというのが私の持論です。

野口 それは、近年言われている「ブルーオーシャン」の戦略そのものですね。他と同じ商品やサービスを提供していれば、必然的に限られた市場の中で、競合他社としのぎを削り、価格競争に巻き込まれていきます。これを血みどろの「レッドオーシャン」と呼び、「ブルーオーシャン」とは、未開拓の領域を切り拓いていけば、無競争で市場を総取りできるという考え方です。
 この戦略で興味深いのは、従来の顧客を前提として考えるのではなく、これまで利用していなかった「潜在顧客」まで含めていることです。まさにこれらの顧客がブルーオーシャンというフロンティア市場を生むのです。「金の食パン」や「セブンカフェ」がヒットしたのは、新しい顧客を開拓して市場を創造したからにほかなりません。

鈴木 多くの場合、何か一つ成功すると、その成功例を続けていこうとします。しかし、それでは、今のお客様のニーズには応えられません。どんどん変えていくことが大切です。ですから、「金の食パン」も、質の良さ、おいしさに自信が持てる商品だったので、発売直後にリニューアルを指示しました。おいしいものほど飽きるのも早く、どんどんリニューアルをしていくことが必要だからです。

野口 たしかに、変え続けることはきわめて重要になっています。とはいえ、やみくもに変えても成功しません。お客様のニーズをとらえ続けるという視点が必要ですね。

鈴木 そのために、つねに仮説を持ってお客様のニーズをとらえて商品開発を行い、実際の販売を通じて検証していくというサイクルが不可欠なのです。

野口 つねに変化し続ける消費者ニーズをつかまえ続けることを重視されていますね。

鈴木 データというのは自分で仮説を持って問いかけなければ、何も答えてくれません。データは、いわば過去の実績ですから、そのまま使おうとすれば、必然的に過去の延長になってしまいます。ですから、昨今ビッグデータとよく言われていますが、それも使い方を間違えるとまったく価値を失ってしまいます。

野口 おっしゃる通り、つねに自分たちで仮説を立てて実験をして検証しなければ、変化し続けている消費者のニーズをとらえることは困難です。

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