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[対談] イノベーションの視点

豊かな時代と新しいことへの挑戦

鈴木 日本はほんとうに豊かになりました。しかし、今の若い人たちは、戦後のことなどまったく知りませんから、日本が世界のどこよりも豊かだということには気づいていないのではないでしょうか。

百田 おっしゃる通りです。若い人たちと話していると、生まれた時にはバブルがはじけていて、それからずっと不況で、この国には夢も希望もないなどと言います。現在の生活は戦後のものすごい蓄積の上に成り立っていて、たいへん豊かになっているということに気づいていません。ですから「今、君たちのいるところは決してゼロ地点やない。それを勝手にゼロ地点にいるように思うのは間違いや」と言うんです。終戦直後のように無一物から始めなければならないわけではない。私たちはもっと自信や希望を持っていいと思います。

鈴木 戦後のものがない時代は、必死になって働いて買っていました。今は、ほとんどの人が充足しています。ですから、今までにない価値のある商品を提供しなければ、お客様が積極的に買ってくださらないのは当然です。それなのに、ものが売れないのは不景気のせいだと、ものがなかった時代と同じ発想を持ち続けている人が多い。豊かになった現在、ものが不足していた時代の考え方は、もう通用しません。

百田 私は50歳で小説を書き始める時に、あらゆるジャンルに挑戦したいと考えました。それで、同じような作品は書かないようにしようと決めて、『海賊とよばれた男』を含めるとこれまでに13作上梓しましたが、1作ごとに新しいことに挑戦してきました。ただ、一貫して心がけてきたのは、読む人が元気になるもの、生きる勇気を感じてもらえるものを書こうということです。

鈴木 新しいことへの挑戦は、現在の小売業にとっても最も大切な課題です。ものに充足したお客様に商品を買っていただくには、商品や売り方などあらゆる面で新しい価値を生み出す工夫が必要だと、私は言い続けてきました。

売上げは「満足」のバロメーター

鈴木 百田さんは、小説の売れ行きを毎日しっかりとチェックされているそうですね。

百田 はい。よく人からは「おまえは売上げのことしか頭にないのか」と言われますが、そうではないんです。テレビ番組の場合も、放送の翌日には視聴率が出ますから、いつもチェックします。それで、視聴率が悪ければ「あの面白さがわからない視聴者が悪い」というのではなく、まず謙虚に受け止めようと考えてきました。視聴率というのは、自分のつくった番組がどれだけ満足してもらえたかを知る、一種のバロメーターだと思うからです。小説の売れ行きも同じで、やはり読者にどれだけ満足していただけたかを知る大切な目安だと考えています。

鈴木 読者に満足していただくという視点は大切ですね。私も、「お客様のために」ではなく、「お客様の立場に立って」考えることが重要だと言い続けてきました。この2つは似ているようですが、大きく異なります。一方は、売り手の側で物事を考え、もう一方は、買い手側の発想だからです。そして、どれだけ買い手であるお客様の立場に立っているかを量る指標の1つが売上げではないでしょうか。

百田 鈴木さんが毎日出社すると最初に前日の売上げをチェックすると知って、「自分と同じや!」とうれしくなりました。私は、小説も商品の一つだと思っています。古くから文芸の世界にいる方の中には、「商品だなんてとんでもない」とおっしゃる人もいます。しかし、大勢の人が関わって1冊の本になり、書店さんで売っていただいている以上、商品という大切な一面があります。それなら、消費者である読者に満足していただくことが大切です。ですから、私は小説家として読者の喜ぶものを提供していきたいと考えています。

鈴木 まったく同感です。私がセブン‐イレブンを始めたのも、お客様が望んでいるのはこういう便利なお店だろうと考えたからです。しかし、社内をはじめ専門家や学者の方などからは、コンビニ業態は日本では時期尚早など、いろいろな理由で猛反対されました。私はただお客様の立場に立って考えれば、コンビニのようなお店は重宝してもらえるだろうと考えました。

百田 私は今まで流通業についてあまり知らなかったのですが、鈴木さんの著作を読んで、セブン‐イレブンというのは、日本の流通業に革命を起こした会社だということが良くわかりました。流通業だけでなく、日本の生活そのものも、コンビニの出現で大きく変わりました。たとえば、私たちが子どもの頃は、正月三が日の間、お店はどこも閉まっているのが当たり前でした。それを、メーカーさんに正月でも商品を納品してもらえるよう交渉して、正月営業を実現したわけですね。今では正月営業は当たり前になっていますが、その背景には、鈴木さんたちの大きな努力があったのだと知って、たいへん感銘を受けました。また、今ではコンビニにATMがあるのは当たり前になっていますが、ATMを導入する時もたいへんな反対を受けられたそうですね。

鈴木 銀行の方々や金融の専門家などから、絶対に成功しないからやめた方がいいと言われました。

百田 鈴木さんがその猛反対を押し切ってATMの設置を実現した結果、私などは至る所でお金の出し入れができるようになって、ほんとうにその便利さを感じています。消費者にとって必要なことや消費者が喜ぶことは、周囲の反対がどれだけあっても、あるいは、それまでの慣習を破ってでも実現させるという鈴木さんの経営は、出光佐三に通じるところがあると思います。
 国民の生活スタイルを大きく変えたのはコンビニと携帯電話だというのが私の持論です。その変化の背景には、さまざまなデータを読み取り、消費者の立場で商品を考え、小売店の経営を良くするために在庫の問題を考えるなど、鈴木さんが重ねてきた創意工夫があったのだと、改めて知りました。

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