このページの本文へ移動します

[対談] イノベーションの視点

お客様の立場に立った発想がベストセラーを生む

デビュー作『永遠の0(ゼロ)』が250万部超、
最新作『海賊とよばれた男』が140万部など、
ベストセラーを連発している作家、百田尚樹さんをお迎えして、
小売業にも通じる「ベストセラーを生み出す背景」について
興味深いお話をうかがいました。

HOST

セブン&アイHLDGS.
CEO兼会長
鈴木 敏文

GUEST

小説家/構成作家

百田 尚樹

(ひゃくた なおき)

1956年大阪生まれ。同志社大学中退。25年間にわたり、平均視聴率20%以上を記録する関西の人気テレビ番組「探偵!ナイトスクープ」のチーフ構成作家。2006年『永遠の0(ゼロ)』で小説家デビュー。『ボックス!』『風の中のマリア』『モンスター』『「黄金のバンタム」を破った男』『影法師』『錨を上げよ』など著書多数。2012年発表の最新作『海賊とよばれた男』で2013年「本屋大賞」受賞。

四季報 2013年AUTUMN掲載

戦後復興を成し遂げた日本人の象徴として

鈴木 私は、百田さんがお書きになった『海賊とよばれた男』を読み、たいへん感銘を受けました。映画を見ているような臨場感があって、一気呵成(いっきかせい)に読んでしまいました。他にも多くのベストセラーを出されている百田さんに、多くの読者から支持される秘訣や、『海賊とよばれた男』をお書きになった背景などをうかがいたいと思います。

百田 どうもありがとうございます。たいへんうれしく思います。

鈴木 『海賊とよばれた男』は出光興産の創業者、出光佐三さんをモデルにした小説ですが、この本をお書きになったきっかけは何だったのですか

百田 私はもともとテレビの構成作家をしておりまして、その仲間からある時、「百田さん、日章丸事件(※)って知ってる?」と聞かれました。私はそれまでまったく知らず、話を聞いて初めて、昭和20年代に敗戦国である日本の一石油会社が、英国と石油メジャーを向こうに回してイランから石油を輸入するという、たいへん大胆なことを実行した事件があったことを知りました。調べれば調べるほど、出光佐三という人物のスケールの大きさに驚き、その功績がいまや忘れ去られていることは惜しいと感じました。

鈴木 出光佐三さんのことは、たいへん偉大な経営者だという印象は持っていたのですが、具体的には何も知りませんでした。『海賊とよばれた男』を読んで、なるほどこういうことだったのかと得心がいきました。しかし、戦前から戦後まで、現在とはまったく違う環境の中で起きたできごとをあのように活写するには、いろいろなことをお調べになったのではありませんか。

百田 日章丸事件は今から60年も前のことで、当事者の方はほとんど亡くなっていらっしゃるので、ひたすら資料を集めました。それも、出光関係の事柄だけでなく、出光佐三が生きた第一次世界大戦の頃から昭和初期、戦後の占領期の時代背景、それに100年にわたる石油の歴史、石油メジャーの歴史など、関係のありそうな資料を片端から取り寄せて読み込みました。あの本を書くことで、私自身もう一度大正から昭和の歴史を勉強し直した感じです。

鈴木 1日どれくらいの時間、執筆にあてられたのですか。

百田 この『海賊とよばれた男』は2011年11月に書き始め、12年5月に脱稿しましたが、その半年間、起きている時間はひたすら原稿を書いているか、資料を読んでいるかというくらい没頭していました。
 実は、執筆中に胆石発作で3回ほど救急車で運ばれ、医者にはすぐに手術をしなさいと言われたのですが、入院生活で中断したくなかったので、痛みをだましだまし書き続けました。

鈴木 それほどの熱意をもって取り組まれたのは、何かわけがあったのですか。

百田 ちょうど、出光さんについて調べている頃に、東日本大震災が起こりました。その状況が、昭和20年8月にどこもかしこも焼け野原になって、ゼロから出発しなければならなかった戦後の日本の姿とダブって見えました。それで「こんなにすごい人物が戦後の日本にいて、戦後の復興を果たしてきたんだ、そのDNAを自分たちは受け継いでいるはずだ。だから必ず立ち直る」ということを、今こそ伝えなければと、小説家になって初めて使命感を持ちました。

鈴木 なるほど。私が昭和26年に上京した時は、終戦から6年たっても、まだ、見渡す限り焼け野原のままでした。

百田 終戦の時点では300万人もの日本人が戦争で尊い命を落とし、主要都市のほとんどは空襲で焼け野原。数百万人の人たちが、働く場所はもとより住む家さえなかったのです。失業者も1000万人以上いました。
 それが、わずか20年ほどでイギリス、フランスなどの戦勝国を追い越して、国民総生産(GNP)世界第2位の経済大国になっています。戦後の復興を支えたのは、ちょうど私の父母の世代ですが、昭和20年代、30年代にその世代の人たちは、世界のどこの国民よりも働いていたのではないでしょうか。
 『海賊とよばれた男』は、出光佐三を主人公にしていますが、当時すさまじい勢いで働き、復興を成し遂げた日本人の象徴だと思って小説を書きました。そのDNAを受け継いでいるのだから、私たちは日本を再び活性化させることができるはずだということを伝えたいと思いました。

※「日章丸事件」…1953(昭和28)年、イランが石油を国有化して英国および石油国際資本(メジャー)の一つアングロ・イラニアン(現、BP)と争っていた最中、英国やアングロ・イラニアンの妨害が予想される中で出光興産が自社のタンカー「日章丸二世」をイランに差し向け、イランから直接買い付けた事件。

  • 全3ページ
  • 1
  • 2
  • 3