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[対談] イノベーションの視点

全員で腹蔵なく語り尽くし
決めたことは全員が実行する

鈴木 いまのお話には、私たちの商売にも通じるところがあります。「お客様のために考える」ということと「お客様の立場で考える」ということは、似ているようでまったく違うのだと、私はずっと言い続けてきました。「お客様のために」では、まだ売り手の立場で考えているわけです。お客様の立場に立ってみなければ、ほんとうにお客様の求めていることは見えてきません。小菅さんはそういう考え方を、どのように飼育係全員に浸透させていったのですか。

小菅 私は、自分が思ったことは会議の席で全部話すようにするとともに、出席者全員にも同じように、考えていることを全部話してもらうように求めました。反対意見があるなら、その反対意見を徹底して伝えてくれと言っていました。黙っていて、何か問題に出合った時に「だから自分は反対だったんだ」というのは、組織にとって良いことは一つもありません。ですから、まず反対があるなら最初に言ってもらい、それで議論を尽くして決まったことは全員が従うというルールを徹底しました。

鈴木 飼育係長になって、仕事の仕方を変えようとされた時点では、まだ年輩の職員で旧来の仕事の仕方になじんでいた方もおられたでしょう?

小菅 当時、年齢で言うと私は下から二番目でした。それでも、お互いにしっかりと話し合うことで、変えるべきことは変える、やると決めたら何があっても必ずやるというルールを徹底していきました。私は決して黙って進めたりせず、何かする時には必ず「こういうふうにする」とみんなに話し、その後で現場を回って、私の話が伝わって、実行されているかどうか、必ず確認するようにしていました。

鈴木 そういう話し合いの風土というのは、昔からあったのですか。

小菅 いや、私が入ったばかりの頃は、先輩に何か質問しただけでも「ずいぶん偉くなったなあ」とイヤミを言われました。それはおかしいと思ったので、私は係長に飼育研究会を立ち上げることを提案しました。そういう場では、先輩も質問に答えなければならず、自然と互いの知識が共有できるようになったのです。また、私は、「行動展示」のための仕掛けも、でき上がったものの図面などは全部オープンにしています。

鈴木 そうすると、他の動物園でも同じような展示の仕掛けを使えるわけですね。

小菅 はい、上野動物園などにも旭山動物園の図面がかなり渡っています。しかし、よその仕掛けをそのままマネをするのではなく、それ以上のものをつくるはずです。そうしていろいろな動物園で、どんどんグレードアップしていけば良いと考えています。私たちも、次に改修の機会があれば、いままでよりももっと面白いものを取り入れようとつねに考えていますから。

野生と同様の緊張感が動物の生活の質を高める

鈴木 面白い仕掛けというのは、どういうところから着想するのですか。

小菅 動物の自然の生活からヒントを得ています。旭山動物園は動物の素晴らしさを通して、彼らが生活している自然背景までしっかりとお客様に感じとってもらい、そこからいま危機に瀕している野生動物をいかに救うかということに目を向けてもらうきっかけを提供することが使命だと考えています。動物たちは自然の中でどんなふうに行動しているのかということを、わかりやすく見せる「行動展示」もその考え方から生まれてきました。ですから、徹底して動物のことを勉強するように、スタッフには求め続けました。
そうして考えた仕掛けを使うかどうかを決める主体はあくまでも動物にありますが、動物ははっきりしていて、面白い提案にはすぐに反応し、つまらない提案には見向きもしません。

鈴木 動くか動かないかは動物に任せるというのは、サーカスで動物に何かをさせるというのとは違うということですね。

小菅 おっしゃる通りです。オランウータンの空中散歩などがテレビで報道されると、お客様はそれを期待して来園されます。それで、ぜひ見たいからオランウータンにやらせてくれと言われても、私たちは無理にさせることはしません。そこが「行動展示」本来のあり方を守れるか否かの分かれ目です。無理にやらせたら、もう動物園の展示ではなくなってしまうと考えています。

鈴木 そうすると仕掛けを考案するにしても、動物の心理や行動をよく理解しないといけませんね。

小菅 たとえば、クマのように単独で生活している動物は、本来、別の個体が同じスペースにいると、それだけでもうイライラしてしまいます。ですから、旭山ではお客様に見せる放飼場には一頭だけクマを入れるようにしています。その裏にパドックを設けて、そこにもう一頭飼っていて、午前と午後で交代するようにしています。これの良いところは、それぞれのクマは、直接顔を合わせないけれども、別の個体がいるということは放飼場についた匂いでわかります。そうすると放飼場に入ってきたクマは、別の個体の匂いを消すために自分の匂いを一生懸命に付けて回ります。そういう緊張感がクマのいきいきとした行動を引き出すわけです。

鈴木 そういうそれぞれの動物の行動は、以前から動物の専門家は知っていたわけでしょう。それでも、動物のいきいきとした姿を見せるための、そういう展示方法は思いつかなかったわけですね。

小菅 確かに動物の生活スタイルを守るということは飼育の基本ですが、なぜかそういう展示はありませんでした。旭山が評価されてから、他の動物園でも取り入れ始めましたが。
たとえば、サルにしてもケージの仕切りを取り払って2つを1つにして、空間を広くしましたが、それだけではなんの意味もありません。サルは本来、樹木の密生したところで生活しているので、そういう環境を空間に加えてやる必要があります。しかも、何かを置く場合、ジャングルジムのように鉄でがっちりとしたものをつくってしまってはいけません。ジャングルの環境でいうと、つかまったら折れてしまうかもしれないような不安定なものがほとんどです。そこで私たちは自動車のバネに木を挿して、サルが登っていったら、グッと湾曲してしまうようにしました。自然と同じような不安定さを提供することで、緊張感が生まれ、それが動物たちの生活の質を高めるんです。

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