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[対談] イノベーションの視点

ダイレクトコミュニケーションで
「思い」も共有する

鈴木 そのために私は、トップの方針をよく現場が理解できるよう、コミュニケーションを大切にしています。たとえばセブン‐イレブンの場合、それぞれの加盟店のオーナーさんに、私どもの考え方や方針をご理解いただくために、各店ごとの状況に合わせたコミュニケーションが必要です。そこでOFC(オペレーション・フィールド・カウンセラー、店舗経営相談員)が各加盟店を回って、個々のオーナーさんと顔を合わせてのコミュニケーションをつねに行っています。また、OFCを隔週で本部に集めて会議を開き、私や各部門の責任者から、直接重要な方針などを伝えるようにしています。

清水 OFCの方は、何名くらいいるのですか。

鈴木 OFCは一人平均7店舗ほど担当しており、現在セブン‐イレブンの店舗数は1万4000店近くに達していますから、全社でOFCは約2000人います。これだけの人数を隔週で集めるのですから、コストもかかります。それでも、直接顔を合わせて行う「ダイレクトコミュニケーション」にこだわって、これを開催し続けてきました。

清水 コストをかけても、そうしたダイレクトコミュニケーションを実施し続けるということは、それ自体でコミュニケーションを重視しているという鈴木さんの信念が社員の皆さんに伝わりますね。コミュニケーションには、効率と効果という2つの側面があって、多くの場合は効率を重視して、メールに頼ったりしているのですが、その場合は直接会ってコミュニケーションを取る場合に比べると、格段に効果が落ちてしまいます。

鈴木 今のように情報通信手段が高度化している時代、インターネットなど効率の良い方法はいろいろあるでしょう。外部の方などから、社内のコミュニケーションにそんなにコストをかけるのはムダではないかという声も聞かれましたが、私は断固として継続してきました。インターネットなどの通信手段は、情報を流すことはできますが、ほんとうの意味での相互の意思疎通は図れないと考えてきたからです。直接顔を見て話すと、相手がどれくらい理解しているか、あるいは興味を持って聞いているかなどがわかります。相手が腑に落ちていないなと感じたら、同じ内容のことを伝えるにしても、表現を変えたり、例えを取り入れたりして、相手に伝えることができます。
先ほどのFC会議などの他にも、年に1回、グループ各社の幹部社員を約8000人集めて方針説明会を開催し、私から直接、その年の方針やグループの課題などを伝えるなど、階層ごとにさまざまなダイレクトコミュニケーションを実施しています。

清水 おっしゃる通り、単に情報を伝えるのではなく、「思い」まで伝えられるのが、ダイレクトコミュニケーションの良いところですね。戦略という視点からいえば、時に不測のことも起きる中で、どうしたら本来の目的が達成できるか、それを考えて現場の状況に応じて対応してもらうことが重要です。その際、戦略を実行する人にトップからの強いメッセージが伝わり、目的をほんとうに理解しているかどうかが、戦略の成否に密接に関係していると思います。やはり、戦略を立てるのも、それを実行するのも人間ですから、ダイレクトコミュニケーションを通じて「思い」を共有することは重要で、とくに不測の事態に陥った時に、その強さが発揮されると思います。

厳しい時こそ仮説を持って
新たな挑戦を続けることが大切

鈴木 現在は消費飽和の時代と言われるようになり、一時期はコンビニエンスストアも飽和状態で、もう成長の余地はないのではないかと言われました。しかし、人が生活している限り、新たなニーズは絶えず生まれてくるわけですから、消費活動自体がなくなるわけはありません。自社の店舗が飽和状態になって、完全に自社競合に陥ってしまうならともかく、現在の状態ではつねに自己差別化を図ってお客様の新しいニーズに応えていけば、いくらでも成長の可能性はあります。飽和状態といわれるような時ほど、そうした革新が生まれやすい環境にあるのではないでしょうか。

清水 厳しい時こそ、大きな差をつけるチャンスがあるわけで、まさに経営の力が問われている時代と言えそうですね。

鈴木 その通りです。そうしたチャンスを活かすには、やはり過去の成功体験にとらわれないことが大切です。しかし、このことは容易なことではありません。

清水 基本的に会社も人も成功すると、成功パターンを強化する方向に動いていきます。ですから、成功体験から脱することはたいへん難しいといえますね。例えばセブン‐イレブンの場合は、過去の成功体験にとらわれないために、何か特別な取り組みをされてきたのですか。

鈴木 セブン‐イレブンは、創業の時からお手本にするような会社や店がまったくなく、しかも、周囲はみな成功するはずがないと全否定されていた中で始めました。ですから、何かに頼るのではなく、自分たちでお客様の変化をとらえながら仮説を立てて検証し、お客様のニーズに対応していくということを繰り返していくほかなかったわけです。そういう伝統が、過去の成功体験や他社のマネに頼らずに、お客様のニーズと向き合っていくという組織風土のようなものをつくっているのかも知れません。

清水 そうした創業時のことを鈴木さん自身が繰り返し、しかもダイレクトに社員の方に伝え続けてきたことも大きな意味があると思います。そこから、つねに新しいことに挑戦していかないと、たちまち成長が止まってしまい、淘汰されてしまうという強いメッセージが社員の皆さんに伝わり、成功体験にとらわれないよう刺激になっていると思います。

鈴木 そういった「思い」の違いが、仕事にも反映されていくのかもしれません。同じような立地でも、他チェーンとセブン‐イレブンのお店では、一日の売上げで10万円以上の差が生まれています。これは、よそのモノマネではなく、自分たちで仮説を持って毎日の仕事に取り組んできた結果だと考えています。仮説-実行-検証というサイクルをずっと続けてきた結果、モノマネが入り込む余地がなかったわけです。

清水 確かにそうですね。同じように一生懸命に働いていても、モノマネをしているのと、自分で考えているのでは、やはり仕事に対するやりがいもずいぶん違うでしょうから。

鈴木 現在のように消費環境が厳しい状況にあると、打つ手が必ずしも全部成功するとは限りません。しかし、諦めずに自分で考えて新しいことに挑戦し続けることで、必ず新たな成長のチャンスを得られると思います。清水さんのお話をうかがって、戦略というものを身近なものにすることができたように思います。今日は、たいへんありがとうございました。

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