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[対談] イノベーションの視点

新しい提案が
お客様の「期待感」を生む

鈴木 そういう見方をするとお笑いの世界も興味深いですね。小売業について言えば、今の時代は、お客様は慌てて何かを買わなくても十分モノを持っているので、いままでにない新しいものを提供していかなければ買っていただけません。ですから私は、お客様に興味を持っていただけるような新しいことに挑戦し続けることが必要だと言い続けています。
とくにイトーヨーカドーのような総合スーパー(GMS)は、かつては食品も衣料品も家電製品も、何でも手頃な価格で買えることに価値を感じていただいていました。ところがその後、カジュアル衣料、家電などの専門店や量販店が次々と生まれ、以前のような存在価値は薄れています。

秋元 食事にしても、僕たちが子どもの頃は、デパートの大食堂で、洋食から和食まで何でも揃っているのがうれしいものでした。いまはハンバーグならハンバーグ専門店、紅茶なら紅茶専門店に行く方が価値を感じます。

鈴木 GMSの売場にはいろいろな商品が並んでいますが、専門店のように奥行きのある品揃えにはなっていません。同様に、百貨店も多彩な商品を扱う業態ですが、専門店にはないこだわりや上質の商品を揃えることで、独自の存在価値を打ち出せると考えています。他の百貨店にはない自主商品や編集売場、上質のサービスで差別化を図れば、お客様の支持を回復できると考えています。それに対してGMSの商品、とりわけ衣料品は、専門店と百貨店の間で中途半端になっています。どうしても過去の経験にとらわれて、新しい発想が生まれません。

秋元 新しいといっても、まったく新しいモノである必要はないのだと思います。たとえば、ココアは昔からある飲み物で、別に目新しくありません。これを、ヨーロッパのように冬にひとかけらのバターを入れて飲むと、よりおいしく感じます。そういう飲み方とともに、秋から冬の夜長にバターを入れたココアを片手に文庫本を読もうといった提案をしたら、ココアと文庫本といういままでにない新しい組み合わせを新鮮に感じます。そういう提案の新しさが大切なように思います。

鈴木 秋元さんはよく「予定調和を壊す」ということをおっしゃっていますが、それはそういった新鮮な提案を続けるということですか。

秋元 その通りです。ただ、予定調和を壊そうとして、あまりに奇をてらったことをしても定着しません。たとえば、ハンバーガーに「あんこ」を挟むなど、奇抜なことをやっても、一時は話題になってマスコミが取材にきても、それが事業の基盤をつくるとは思えません。

鈴木 まったく同感です。たとえば、お弁当にしても奇抜なもので注目を集めたとしても、すぐに飽きられます。ですから、チャーハンなどの基本的なメニューで、いままでにないおいしさを提供することが大切だと言い続けてきました。

秋元 どこにでもある商品のように見えて、他とはおいしさが違うと「おや」と思います。その「おや」と思わせることが予定調和を壊すことだと思います。先ほどのココアとバターと文庫本という組み合わせも、一つひとつは別に目新しくなくても、組み合わせたらいままでにない新しさが生まれます。小売業の魅力の本質は、そういう新しい提案が絶えずあって、今度はどんな新しい提案があるのだろうかとワクワクしてもらえる期待を持ってもらうことではないでしょうか。

人と同じ方向を向いていたら
新しいヒットは生まれない

鈴木 秋元さんは、そういう予定調和を壊すアイデアを、どういうところから発想するのですか。

秋元 次のテレビの企画を考えようと、会議室に集まって考えても面白いものは生まれません。たとえば、とんねるずの番組で「食わず嫌い王決定戦」という人気コーナーがあるのですが、それなどはとんねるずの石橋貴明くんとアナウンサーと僕の3人で食事に行った時、苦手な食べ物の話になりました。人によって意外なものが苦手だったりして、これがけっこう面白かったんです。そこから、「食わず嫌い王決定戦」のアイデアが生まれました。会議室で考えていたのでは、決して出てこなかったと思います。

鈴木 なるほど、仕事で新しいアイデアを考えようとすると、どうしても素直に自分で面白いと感じたことではなく、過去の経験などに頼りがちですね。

秋元 「食べるラー油」が流行ると、その次に何がヒットするかを考える時、「生七味」とか似たような商品の枠の中で考えてしまいます。しかし、その中には大ヒットするものは、もうないんです。僕はよく「ひまわりがブームになっている時には、たんぽぽの種をまこう」と言います。柳の下にどじょうは2匹いるかもしれませんが、2匹目のどじょうは小振りです。自分で本当に面白いと感じること、気になることから発想するということが大切ではないでしょうか。
みんなが同じ方向で考えていても、本当に面白いことは生まれません。日常生活で「おや」と思ったこと、そういう「気づき」が重要です。理想としては、社内に遊軍のような存在を設けることも一つの方法でしょう。企業は本来、一つの目的に向かっていく集団ですが、みんなが同じ方向を向いていたのでは、面白い「気づき」は生まれません。社内のみんなとは別の方向を向いて、面白いことを探してくる遊軍がいるといいと思います。

鈴木 私はセブン‐イレブンを設立した直後に、社内に「ブラブラ社員」というのを設けました。これは、とくにテーマを与えず、1週間に1度出社すればいいことにして、後は街をブラブラしながら面白いことを見つけてくるのが役割です。

秋元 そういうブラブラしている社員がいるのは良いですね。面白いアイデアのきっかけというのは、ほんとうにささいなコトが多いんです。たとえば、僕がニューヨークに初めて行った時に一番驚いたことは、アイスコーヒーにガムシロップがついていなかったことです。みんな、砂糖をアイスコーヒーに入れて、じゃりじゃりとずっとかき混ぜていました。なぜ、ガムシロがないのか不思議に思うとともに、何か理由があるのではないかと思いました。そういうところを調べると面白い発想につながると思います。

鈴木 ところが、ブラブラ社員に聞くと、商品開発に結び付きそうな面白いことを見つけ続けるのは、たいへん苦しいと言います。やはり、社員という立場では難しいのかも知れません。

秋元 しかし、社員の皆さんも家に帰れば、ふつうのお父さんだったり、娘さんだったりするわけですね。会議の合間の雑談で「いや、昨日、うちの子どもがこうで」とか「うちの妻がこうだ」といった話が必ず出ているはずです。実はそういうところにヒントがあると思います。僕たちクリエイターもそうなんですが、自分たちは専門家だからこの面白さがわかるが、一般の人にはまだ早いのでは、などと考えがちです。しかし、ふつうの人も専門家も、面白いと感じるところは変わりません。自分がふだんの生活の中で面白いと感じたことを大切にすべきです。

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