鈴木 いま売り手の多くは「不況なのだから安くしないと売れない」と考えがちですが、お客様の心理からすると、もはや不況イコール安いものという考え方は成り立たなくなっています。こういう状況で、お客様の心理をどうとらえるべきとお考えですか。
ルディー いま、消費者がモノを買い控えているのは、やはり心理的な面が大きいですね。世界的に経済環境は厳しい状況が続いていますが、日本は先進各国の中ではまだ良い状況にあります。また、新興国に比べれば、個々の消費者もずっと大きな貯蓄があります。ところが、政治的にも経済的にも先の見通しがはっきりしない状況にあると、多くの消費者は不安感から「損をしたくない」という損失回避の心理に陥ります。
こういう環境で重要なことは、消費者に安心感を与えることです。企業は何よりも、広告宣伝、商品、売場づくり、価格など、あらゆる機会を通じて、自信を持って消費者に商品をすすめ、元気なメッセージを発信し続けることです。何の理由もなく商品を安売りするのは、企業が自信のないことをメッセージしているようなものです。小売業では、よく「値ごろ感」という言葉を使いますが、消費者には、どれくらいがほんとうの「値ごろ」なのかはわかりません。逆に商品の売り方や値段の付け方から、その商品に対する企業の自信を敏感に察知しています。ですから、企業は、商品、広告、売場、接客などあらゆる消費者との接点を通じて、ぜひとも「自信」を伝えてほしいと思います。
鈴木 昨年の12月8日に、1缶238円でサントリーさんと共同開発のビールを発売しました。これは、缶ビールとしては高額ですが、売場でも思い切ってスペースをとって大量に陳列して、他にはない高級なビールであることをアピールして販売したところ、たいへん好調な売れ行きでした。こちらが自信を持ってメッセージを発信すれば、お客様はその魅力を受け止めて買ってくださいます。
ルディー これまで「理由(わけ)あって安い」という商品はよくありましたが、なぜか「理由あって高い」という商品は見ませんでした。しかし、自信を持って商品をつくり、大きなスペースをとって陳列し、接客や売場の表示で良さをアピールすれば、お客様はその「自信」を感じて、「これを買っても損はしない」と納得してくれます。
不況だから安くするというのでは、最初に値段を下げた時は確かに買うかも知れませんが、次からはその値段が参照価格になるので、値下げした価格で売り続けても「前と同じ値段」ということになって、もう購買動機にはなりません。そこで、どんどん値下げの悪循環に陥ります。だから、価格を安易に下げてはいけないのです。現在のように先行きの見通しが不透明な「不確実」の時代こそ、しっかりとマーケティングを行い、知恵を絞って商品を売っていくことが重要です。
鈴木 おっしゃる通り「知恵を絞る」のは大事です。イベントや広告などを通じて、お客様がいまその商品を買う動機をきちっと提供していくことが重要です。
ルディー 不確実な時代は、いま持っているものを失いたくないという「損失回避」の心理が広がります。しかし、その反面、何も消費したくないわけではなく、正当な理由がつけば、何か買いたいと思っています。そこで、消費を正当化する理由を消費者に提供することが、一つのポイントだと思います。たとえば、1年間頑張ったのでご褒美として高級なブランド商品を買うとか、家族の健康のために高くても安心な食品を買うとか、かわいいペットのためといったことですね。
鈴木 そうした動機の一つに「新しいもの」ということがあるのではないでしょうか。いま商品のライフサイクルは、どんどん短くなっています。かつては徐々に売れ始め、徐々に売れ行きが落ちていく「富士山型」でしたが、その後、突然人気が出てしばらくするとぱたっと売れなくなる「茶筒型」になり、現在ではさらに売れている期間が短く「ペンシル型」になりました。ですから、私たちは次々と新しい商品を開発し、提供していくことを重視しています。
ルディー 私が通信販売に携わっていた時も、「ニュー」という言葉をつけるとお客様の注目度が高まり、「新しい」ということの重要さを実感しました。いま若い人たちにドラッグストアが人気ですが、彼らにとってそこは何か新しいモノに出会える場所なのです。さまざまな商品が雑然と売場に並んでいるから、よけいに新しいモノを発見する期待感がふくらみ、楽しさが倍増します。そういった陳列の仕方だけでなく、店員の笑顔一つでも、そのお店に入ってみたくなるかどうかは違ってきます。
鈴木 接客対応は重要ですね。イトーヨーカドーは1997年に中国に出店したのですが、その時、現地で採用した社員に、「いらっしゃいませ」「ありがとうございます」とお客様に笑顔でお迎えする接客を徹底して教育しました。すると、中国社会では「売り手も買い手も対等」という考え方が一般的でしたから、なぜ買い手に頭を下げなければならないのか、と反発して辞める人が大勢いました。ところが実際に営業を開始すると、笑顔での丁寧な接客がお客様から大好評を博しました。やがて他の店でも真似するようになり、いまや中国の小売業でも、笑顔の挨拶は当たり前になりました。笑顔で接してもらえればうれしいというのは、社会体制の違いも越えて万国共通です。