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[対談] イノベーションの視点

いま、自信を持った「元気なメッセージ」がお客様の購買意欲を引き出す
~「不確実」の時代を乗り切るマーケティング~

先行きが見通しにくい「不確実」の時代。ともすると企業も人も自信を失いがちですが、こういう時代こそ、お客様は消費を肯定してくれる「元気なメッセージ」を求めている――そう語るルディー和子教授をお迎えして、経済合理性の視点だけではとらえられない消費者心理の見方をはじめ、「不確実」の時代のマーケティングの要諦などについて、示唆に富んだお話をうかがいました。

HOST

セブン&アイHLDGS.
CEO兼会長
鈴木 敏文

GUEST

早稲田大学商学学術院客員教授

ルディー 和子氏

(るでぃー・かずこ)

国際基督教大学卒業。上智大学国際部大学院経営経済修士課程修了。米国エスティ・ローダー社マーケティング・マネジャー、タイム・インク ダイレクト・マーケティング本部長を経て、マーケティング・コンサルティング会社「ウィトン・アクトン」を設立し代表取締役に就任。早稲田大学商学学術院客員教授、日本ダイレクトマーケティング学会副会長、(社)日本ダイレクト・メール協会常務理事。

●著書に『売り方は類人猿が知っている』『マーケティングは消費者に勝てるか』など。

2011年2月収録

経済合理性だけでは
消費者心理はとらえられない

鈴木 消費不況と言われる経済環境が続いており、お客様のニーズをどうとらえるのかについて、流通業も製造業もたいへん苦心しているのが実情です。そういう中にあって、ルディーさんは、行動経済学、神経科学といった視点をマーケティングに取り入れ、お客様の心理をとらえる研究を進めていらっしゃいます。
私が大学を卒業して書籍販売会社のトーハンに入社した時、出版科学研究所ができて、そこで統計や調査を学びましたが、その時の経験で、読者調査やインタビューなどから読者の実態を引き出すのは、なかなかむずかしいと感じました。ルディーさんはお客様ニーズの実態を、どうとらえていらっしゃいますか。

ルディー 確かに、消費者に「あなたはこの商品が好きですか?」とか「このサービスはどう感じますか?」と問いかけるだけでは、消費者から明確な答えは返ってきません。「お客様の声に耳を傾ける」という言葉を、いろいろな企業の方から聞きますが、単に顧客に質問をしてその答えを聞いただけでは、顧客のほんとうのニーズを知ることはできないと思います。顧客のことをよく知りたいのなら、インタビューなど直接調査を行うとともに、過去のデータを分析し、現場で購買行動や実際に商品を使っているところをよく観察するなど、合わせて行うことが必要です。

鈴木 とくに変化の激しい時代にお客様の潜在ニーズを探るには、こちらから具体的に商品やサービスを提案し、実際の反響をとらえていくことが必要ですね。

ルディー おっしゃる通り、こちらから「仕掛けていく」ことが必要です。私自身、80年代にカタログによる通信販売をしばらく手がけていたことがあります。その時、カタログの商品写真を変えたり、見出しのコピーを変えたりすることで、同じ商品でもまるで売れ方が変わることを経験しました。鈴木さんは著書で、1万8000円と5万8000円の羽根布団を並べておくと、5万円台の商品は売れないが、そこに3万円台の商品を置いたら、5万円台の商品がよく売れるようになった、と書かれていましたね。そのように売り方を変えてみることで、消費者の反応が大きく変わってくるわけです。そこをきちっと見て、データを分析していくことで、消費者心理をとらえることが重要です。

鈴木 経済合理性だけ考えていると、お客様の心理はつかめません。たとえば牛肉でも、100グラム3000円の肉を重点的に売っていきたいと考えたら、4000円~5000円する高級な銘柄肉を一緒に置く必要があります。5000円の牛肉があってはじめて、その下の3000円台の牛肉がよく売れます。お客様の購入価格帯の上限が3000円台だからといって、3000円台の肉までしか置かないと、2000円台の肉しか売れません。

ルディー 値引きについても同じことが言えます。最近では「理由があって安い」という商品に人気が集まっていますが、2割引きで販売する場合も、はっきりとした理由があって2割引きなら消費者は納得して買いますが、単なる2割引きでは消費者は信用してくれません。

鈴木 キャッシュバックセールが人気を呼んだことも、単なる合理性では説明がつきません。たとえば2割のキャッシュバックを行うのであれば、はじめから売場で2割引きの価格でお求めいただく方が、お客様にも簡単なはずです。それにもかかわらず、いったん精算した後に、別の場所で2割分の現金をお返しすることで、大きな反響がありました。現金をお返しした時に「ありがとう」と言ってくださるお客様も多く、社員たちも感激したという報告がありました。

ルディー 近年、そういった経済合理性では割り切れない消費者の行動が注目され、「行動経済学」が流行っています。もっとも実際に商売をされている方は、心理を読むことで、同じものが売れなかったり、売れたりということを知っていたし、それを実行していたと思いますが。

鈴木 ところが、実際に商売をしている人も、最近は経済合理性だけで考える人が多くなっているのではないでしょうか。たとえば、国内の消費が低迷していた時に消費税が5%に引き上げられたので、何とか購買意欲を高めようと考え、「5%分還元セール」を実施しました。これなども最初に社内で「5%引き」という提案をした時、ほとんどの幹部社員は、「セールで10%引き、20%引きをしてもお客様が反応しなくなっている時に、わずか5%でお客様に魅力を感じてもらえるはずがない」と大反対でした。それで、まず北海道地区で試験的に「5%分還元セール」を実施したところ大反響を呼び、翌週には全店で同セールを実施して大きな成果を収めました。この反響の背景には、消費税に対する強烈な反対表明という心理が働いたのだと思います。

ルディー 確かに、商売の中にどっぷりつかっていると、かえって消費者の心理が見えなくなるのかも知れません。

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