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[対談] イノベーションの視点

生活者の視点に立つことでデフレ脱却を図る

鈴木 世界恐慌での世界的なデフレ以降、先進国でデフレを経験したのは、今回の日本だけではないかと思います。なぜ日本だけが、しかも10年以上もデフレに陥ったのか、その根本的な原因をどうお考えですか。

伊藤 第一に、バブル崩壊の強いインパクトがあると思います。当初、その影響は金融危機という形で現れましたが、その後、過剰債務の処理や雇用調整、リストラという形で一般企業にも影響が広がり、国民の間にも将来のために節約するといった動きが広がりました。
 また、日本社会がちょうど高齢化、人口減少へと転換するタイミングに重なったことと、円高が進んで海外からより安い商品を輸入しやすい状況が生まれたことも大きな原因だったと思います。
 さらに、残念ながら金融政策の失敗もそれに加わりました。2000年の初め、世論の声を無視して、日銀は金利の引き上げを実施しました。その後も、時期尚早という意見が多かったにもかかわらず量的緩和をやめるという措置に踏み切りました。直後にリーマンショックが起こるという不運が重なったのも大きな要因です。

鈴木 日本にはもともと倹約の精神が生活の基本に流れており、将来に不安を感じることで、この倹約の精神がより強く発揮されたように感じます。そうした国民性や気質も、デフレの一因になっていないでしょうか。

伊藤 そういう面もありますね。ただし節約という点では、欧州も日本とあまり変わりません。日常の食料などは、むしろ日本より倹約している面もあるかもしれません。しかし、欧州の場合、節約したお金を長期のバケーションに使ったり、あるいは老後を豊かに暮らすために使うことで、全体から見ると消費社会が成り立っています。
 日本は、これまでの倹約を美徳とする流れもあって、節約したお金をどこに使うか、戸惑っているという状況なのでしょう。

鈴木 なるほど、デフレ脱却には消費者の動向が重要になってきますから、政策を考えるうえでも生活者の視点に立って考えることは、これまで以上に大切になってきますね。

伊藤 おっしゃる通りです。現政権は、3年半ほどの野党の経験によって、生活者や国民の視点にたいへん敏感になったように思います。デフレ脱却のために、まず金融緩和政策に取り組むと同時に、賃金が上がり、雇用を増やさなければ、一般国民がデフレ脱却の恩恵を受けられないということを言っていました。
 今年の春の給与定期改定で、御社は早い段階でベースアップを含む賃上げの要求に満額回答を出されましたね。あの決断はたいへん良い流れを生み出したと思います。

鈴木 セブン&アイHLDGS.では、人に重きをおいた経営戦略を実践しています。昨年8月にイトーヨーカドーでパート社員を増員し、接客を強化する方針を打ち出しました。教育の専門部署を立ちあげ、販売スキルを上げ、パート社員も能力に応じて時間給や昇進・昇格に反映する仕組みをつくりました。また、グループ各社においても、社員が充実した教育を受けられるよう取り組んでいます。今回のベースアップによる賃上げは、それらの人事政策の一環として決断したものです。自分たちの会社で率先して賃上げを行えば、社員のモラルアップにつながりますし、消費マインドを好転させるきっかけにもなると考えたわけです。結果として小売業は利益を上げられますから、そういうプラスのサイクルを早くつくっていくことが大切だと思います。

伊藤 目先の利益だけでなく、社会状況全体に対する視点を持っている経営者が多いのは、日本企業の素晴らしい点だと思います。

世界各地域との経済連携は日本の繁栄に不可欠

鈴木 私たちセブン&アイHLDGS.では、グローバルマーチャンダイジングを積極的に進めています。こうした取り組みとも密接に関連するのが、TPPをはじめとした海外との経済連携協定です。

伊藤 私はずっとTPPに参加すべきだと主張してきました。いま、TPPだけでなく、米国と欧州、欧州とアジアなど、世界全体が経済連携を図っています。このような流れの中で、日本だけが連携を行わないでいることは困難です。また、アジア諸国がめまぐるしい経済成長期を迎えており、日本の近隣に大きな市場がなかった時代とは環境が変わってきました。このような変化をとらえて繁栄を目指すには、外の世界と積極的につながっていくことが大切です。日本の制度をグローバル化に耐えるものにしていくためにも、TPPをはじめ、日中韓やEUとの経済連携を早急に進めるべきだと思います。

鈴木 TPP問題では、日本の農業を保護するという視点からの反対論が聞かれますが、この点はどうなのでしょうか。

伊藤 私は「プロ農業支援機構」という会の副理事長を務めています。この会は専業農家の中でもプロとして農業に取り組む、かなり質の高い農家の方々の集まりですが、彼らはTPPに早く参加してほしいと言います。その理由は、TPPへの参加は、日本の農業政策が、いわゆる保護一辺倒から支援や競争力強化にシフトするきっかけになるからだということです。
 かつてアメリカンチェリーが自由化される時、国内のサクランボ農家が全滅してしまうという反対論がありました。しかし、実際は、日本のサクランボはアメリカンチェリーとはまったく違う高級品として消費者に評価され、今日に至っています。ある種の競争が生まれることで、生産者は独自のマーケットを切り拓くなど、新たな努力や工夫をします。TPPの参加で、そういうことがいろいろな農産物に広がっていくと良いと思います。

鈴木 アジア地域の経済連携についてはどのような見通しをお持ちですか。

伊藤 かつては中韓と経済連携協定について議論してもまったく進みませんでしたが、日本がTPPに参加するかもしれないということで、にわかに日本との経済連携協定に前向きになってきました。ASEANとはすでに日本とも韓国、中国とも協定を結んでいるので、日中韓が結べれば、TPPとは別に東アジアの包括的な経済連携が生まれ、たいへん大きな意味があると思います。

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