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[対談] イノベーションの視点

新しいことへの挑戦が
過去の発想からの脱出につながる

鈴木 ところで、日本では消費飽和と言われて久しいのですが、内田さんは昨今の消費環境の変化をどうご覧になっていますか。

内田 私は大学で20代前半の若い学生と接するようになって実感しているのですが、いまの若い人たちと私たちでは消費に対する姿勢がまったく違います。たとえば、私たちの時代は、車を所有することは一つのあこがれで、デートの時も車があるということがステータスになりました。ところが、いまの学生は車を持とうとしません。なぜかと聞きますと、デートに車で出かけると、駐車スペースを探さなければならなくて面倒くさいし、車だとお酒が飲めないのでかえって邪魔だと言います。いつかは車を持ちたいといった感覚がもはやないのです。
若者の消費のもう一つの特徴として、とりわけアジア圏では、国境を越えた均質化が進んでいるように思います。中国、韓国、台湾、シンガポールなどの若者のファッション、グルメ、音楽、アニメといった嗜好は非常に似通っています。現にコンビニでは、中国でも韓国でも同じようなものが売れています。

鈴木 たとえば、セブン‐イレブンが中国に出店した当初は、おにぎりを食べるという食文化は浸透していませんでした。しかし、情報網の発達により、日本の食文化が伝わり、いまや立派なマーケットに育ちました。そういう意味では商品もグローバル化が進んでいますね。

内田 一方で、私がコンサルティング会社にいた時代の仲間が、日米欧の先進国の消費実態について最近まとめたのですが、それによると、いま先進各国の消費者は保守的になっているそうです。かつてのように消費が美徳という感覚がなくなって、逆に節約する方がかっこいいという感覚になっています。

鈴木 それだけ大きくお客様の消費に対する姿勢が変わっているのですから、もはや従来の考え方でマーチャンダイジングや店づくりをしても、うまくいかないわけですね。
しかし、このような時代の変化を認めようとせず、いままでの経験で考え、消費飽和なのだからモノが売れないのは仕方がないという思い込みが、流通業界には根強くあります。

内田 消費飽和なのでモノが売れなくて当然と考えると、それでもモノを買ってもらうためには、価格を下げるほかはないという発想になり、それを各社が進めれば、完全に「売れない→値下げ→利益が出ない」という負の循環に陥ります。

鈴木 過去の見方にとらわれていると、企業にとっても経済にとっても成長のブレーキになりますね。

内田 私は「成功の復讐」と呼んでいるのですが、過去の成功体験が「良いパラダイム」として組織に染み込んでいると、変化に直面した時、その成功体験に足を引っ張られてしまいます。人の思い込みがいかに根強いものかという事例が、『パラダイムの魔力』という本にあります。ダイバーは水深30~50mほどのところに、バドワイザーの空き缶が落ちていると、特徴のある赤いロゴマークが目立つので、すぐに目に入るというのです。実はそれくらいの水深だと、光の屈折などの関係で赤い色は見えないのですが、ダイバーの頭の中にロゴマークと赤が結びついて刷り込まれているので、見えないはずの色が見えてしまうわけです。それほど人の思い込みは強い。ですから過去の思い込みでマーケットを見ていると、現実を見たいように変えて見てしまう可能性があります。

鈴木 そこが怖いところです。私は、過去の経験から脱するには、新しいことに挑戦することが必要だと考えています。
たとえば、イトーヨーカドーは、いままで東京の山の手エリアに出店していなかったのですが、高密度小商圏で日常のニーズに応える食品中心の小型店の開発を行い、大都市部の市街地や住宅街への出店に挑戦し始めました。この10月には杉並区に、その第一号店「イトーヨーカドー食品館阿佐谷店」が開店しました。そこでは従来のマーチャンダイジングにとらわれず、新しい品揃えと売場づくりを行い、いままで扱っていなかった「上質」の商品も揃えたところ、大きな反響がありました。そういう新しい成果の積み重ねが、過去の成功体験から脱するうえで大切だと思います。

内田 その点では、セブン&アイグループにはさまざまな業態があり、お客様とたくさんの接点を持っている有利さがあるように思います。製造業などでは、最終的なお客様との接点がありません。モノが売れるか売れないかは、結局市場に製品を投入してみないとわかりませんが、新製品を開発して、プロモーションをかけて売ってみて、売れなければ大損をします。その点で、さまざまな販売チャンネルを持ち、顧客といろいろな接点を持ち、マーチャンダイジングで多様な挑戦ができるのは、セブン&アイグループの大きな強みではないでしょうか。

消費者の情報武装化に応えられる
マーケティングが必要

鈴木 昨今、商品自体のライフサイクルも大きく変化しています。かつては、売れ始めと売れ行きが落ちていく段階では裾野がなだらかに広がる「富士山型」でした。その後、突然爆発的に売れ始め、しばらくするとピタっと売れなくなる「茶筒型」になり、いまでは、ほんの一瞬売れるだけですぐに売れなくなる「ペンシル型」になりました。このため、現在は売れる瞬間に合わせて品揃えしていなければ、販売チャンスを逃してしまいます。

内田 確かに現在は「ペンシル型」ですね。その背景には、情報の伝達スピードが上がり、消費者の情報力が上がっていることがあると思います。私はそれを消費者の情報武装化が進んだと言っています。かつては、流行に敏感な人がまず新しいモノに飛び付き、そこからマーケットの大多数を占める普通の消費者に情報が徐々に伝わっていったので、売れ行きのピークに達するまで時間差がありました。そのために、売り手側も、商品開発をして、価格、プロモーション戦略を立てて販売し、そこからさらに商品を育てていくという時間の余裕がありました。しかし、いまは瞬時に情報が行き渡り、時間差がないので、従来型のマーケット戦略がとれなくなっています。

鈴木 もはや昨年の同じ時期に何がどれだけ売れたかという発想では、お客様のニーズをとらえられなくなりました。あらかじめ自分たちで情報を取り、何をどう売るかという計画を持って販売に当たらなければ、タイムリーにお客様のニーズに合ったものを提供できません。

内田 消費者の情報武装化に対して、売り手側がどれだけマーケットの情報をとらえているかが重要ですね。
その点でも、セブン&アイグループは、もともと幅広い顧客層との接点を持つことに加え、リアル店舗とネットの融合による強力な情報網という有利さがあり、これから新たな成長を手に入れるポテンシャルも大きいと思います。

鈴木 その強みを活かすには、過去の見方にとらわれずに、毎日接しているお客様の購買行動の変化を、素直にとらえることが必要ですね。

内田 私はよく「お父さんが1日に家の冷蔵庫を自分で開ける回数と、女子高生がコンビニに行く回数とどちらが多いと思いますか」という質問をします。私などは、何か飲みたいと思っても家の冷蔵庫になければ、その日はもう諦めます。しかし、女子高生は、スペースに限りのある家の冷蔵庫にわざわざストックしておくよりも、コンビニの方が品揃えも豊富で、新鮮でいい商品が揃っていてずっと便利だと感じていて、必要があれば何度でもコンビニに行きます。もはやお店で買って、いったん冷蔵庫にしまってから消費するというスタイルは過去のものかもしれません。

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