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[対談] イノベーションの視点

「ブーム」のライフサイクルを
決める4つの要素

鈴木 長年にわたるPOSデータなどの分析を通じて気づいたことの一つに、商品のライフサイクルの大きな変化があります。高度成長時代は徐々に人気が出始めてピークを迎え、しばらく売れ続けると徐々に売れ行きが落ちていくというライフサイクルでした。グラフに描くと、ちょうど富士山のような形になるので、私は「富士山型」と呼んでいます。ところが、80年代以降、商品のライフサイクルがどんどん短くなり、売れる商品はある日突然のように売れ出し、しばらくするとストンと売れ行きが落ちるようになりました。これを私は「茶筒型」と呼んでいます。さらに昨今はますますライフサイクルが短くなり、急に売れ出してピークを迎えるとすぐに売れ行きが落ちてしまうようになりました。これを「ペンシル型」と呼んでいます。

高安 いま指摘された3つの類型は、私たちが研究しているクチコミの世界でも顕著に見られます。これはツイッターやブログに登場する言葉を解析すると「春分の日」、「クリスマス」や「冬休み」といった時期が限定された単語は、その日が近づくにつれて急速に登場する頻度が高まり、当日にピークを迎えて、当日を過ぎると急速に関心がなくなります。これはいまおっしゃった「ペンシル型」と「茶筒型」に相当すると思います。

鈴木 確かに似ていますね。問題は、商品のライフサイクルが短くなると、売れているという情報をつかんでからその商品の手配をしたのでは、商品が売場に並ぶ頃はもう売れなくなっているという点です。次に売れる新たな商品をいち早く見つけなければいけませんが、データはその時その場にある商品についての情報は与えてくれても、まだその場にない新しい商品に関しては、何も教えてくれません。ですから、次にどのような新しい商品を取り入れていくかは、過去のデータではなく、世の中の変化や社会環境など、複合的に見て判断していくほかありません。

高安 データから次に何がブームになるかを予測することは困難ですが、ブームをつくっていくために必要な要素は、クチコミの世界の解析から見えてきました。それはネットワーク力とインパクトのあるニュース提供という2つの要素です。人気タレントのように影響力の大きな人のところに情報が行き、その人がその言葉を使い始めると、一気に大勢の人に広まっていって、盛り上がりが生まれます。ですから、商品の場合も、いち早く影響力のある人、あるいは客層に商品情報が届けられ、その人が発信すれば、早めに盛り上がりを形成できると言えます。これがネットワーク力です。
また、ニュース性という点では、盛り上がりが生じた時に、インパクトのある話題をタイムリーに提供すると、盛り上がりのピークを高めることができます。これらの点は、クチコミの世界だけでなく、商品のマーケティングにも活用できると思います。

鈴木 なるほど、最近私どもでも、ロールケーキについてある有名なタレントがツイッターで取り上げたため、一気に売れたという事例がありました。商品開発にしても、有名タレントと一緒に開発したお弁当など、グループでいろいろ取り組んでいますが、いずれも好調です。そういう情報発信力を持った人や客層をいち早く巻き込んでいくことが、盛り上がりをつくっていくうえで大切ですね。

高安 一方、ブームが去っていく時、その下降がなだらかになるか、急激に終息してしまうかは、どれだけ人々に強い印象を与え、記憶に長く残るかということと、どれだけ人々を「とりこ」にできるかという2つの要素によって決まります。強く記憶にとどまり、人々を「とりこ」にする力が強いほど、ブームの減衰はなだらかになってライフサイクルが長くなります。よく「人の噂も75日」と言いますが、実際は、「印象の強さ」と「とりこにする力」の有無によって、「人の噂」は10日にも、1年以上にもなります。

鈴木 以前、消費税が3%から5%に上がった時に、私はイトーヨーカドーで「消費税分5%還元セール」を提案しました。その際、社内の多くの人間は反対しました。理由を聞くと、「10%引きや20%引きのセールでもなかなか売れないのに、たった5%では効果が見込めない」と。そこで北海道に限定して実施したところ、前年比で40%から60%くらい伸びました。それで翌週に全国に拡大したら、ニュースなどでも大きく取り上げられ、一大ブームのようになり、他の小売業でも同様のセールが行われ、半年くらいブームが続きました。

高安 まさに人の心をとらえて「とりこ」にした事例ですね。私たちが研究してきた「記憶の強さ」ということを、鈴木さんは感覚でつかんでいらっしゃいますね。

多くのお店が廃棄ロスを恐れて
機会損失を起こしている

鈴木 小売業の大きなテーマの一つに「機会損失」と「廃棄ロス」があります。「機会損失」というのは、発注量が少なすぎて品切れを起こしたため、その商品があれば売れたのに、売ることができずに失った利益です。また「廃棄ロス」というのは、逆に過剰に仕入れてしまった結果生じた売れ残りのロスです。この2つの損失を、最少にするにはどうしたらいいかは、たいへん難しい問題です。

高安 私の研究室でも、この3~4年、その問題をテーマにしてきました。私たちはコンビニエンスストアの代表商品であるおにぎりの中から「ツナマヨおにぎり」を選び、いろいろな店舗の機会損失と廃棄ロスを解析しました。もちろん、1店ごとに立地条件、客層、時間帯によるお客様の来店の仕方、地域性などみな異なりますから、それらの違いも踏まえて解析を進めました。その結果、大部分のお店が、廃棄ロスを恐れて仕入れ量を抑えるために、機会損失を起こしていることがわかりました。

鈴木 私どもでも、やはり多くのお店が機会損失を起こしています。実は、発注量を少なくすることは、機会損失だけでなく、廃棄ロスを増やすことにもつながっています。なぜなら、店頭に陳列している量が多いほど、お客様の目に留まりやすく、注目度が高まって売れるようになるのですが、少ないとお客様に見過ごされ、本来売れたはずのものも売れなくなってしまうからです。ですから、発注量を抑えると、二重にロスを増やします。私は、廃棄ロスを恐れて発注量を少なくすることは「縮小均衡」につながり、お店の成長にとってマイナスになると言い続けてきました。

高安 私たちは、同じ曜日の同じ時間にどれくらいの来客があり、どの商品がどのくらい買われるかというデータから、「ツナマヨ」がどれくらい売れるかを推定し、それと実際の仕入れ量との比較から、機会ロスを推定しました。
このモデルを使って仕入れ量を決めれば、仕入れ方が下手で大きな機会ロスを起こしているお店のロスを改善することは可能です。ただ、棚の陳列の広さ、地域のイベントなど、多様な要素を考えて仕入れている店長さんのオペレーション能力にはまだ及びません。

鈴木 たとえば「明日の降水確率は50%だ」という時と、「明日は晴れて湿度も低い」という場合とでは発注の仕方も変わってきます。気温によっても随分変化があります。アイスクリームは、20℃を超えると急に売れ出し、さらに30℃を超えると、今度は乳製品のアイスから氷菓に変わります。

高安 まさしくそのことは先日、私のゼミ生からも報告がありました。セブン‐イレブンが感覚や経験でわかっていることを、私たちはPOSデータを読み解くことで自分たちが商売をしているかのようにわかります。ですからデータをきちんと分析するのはとても重要なことです。一方で、学生には「今から20年後に流行ることに取り組まなければならない」と言っています。これは、つねに未来の社会・ニーズを見据えて取り組むという、鈴木さんの考え方にも通じるものがあります。

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