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[対談] イノベーションの視点

「科学の目」で人の心理と行動をとらえる

数理解析を駆使した物理学の方法論で社会現象や人の集団心理の法則性を発見する「経済物理学」が、いま注目を集めています。その研究の最前線に立って、POS、ツイッター、ブログなどから得られる膨大なデータを解析し次々と新たな法則性を発見している高安准教授を迎えマーケティングやライフサイクルに関する興味深いお話をうかがいました。

HOST

セブン&アイHLDGS.
CEO兼会長
鈴木 敏文

GUEST

東京工業大学大学院 総合理工学研究科准教授

高安 美佐子氏

(たかやす・みさこ)

1987年 名古屋大学理学部物理学科卒業、慶応義塾大学理 工学部未来開拓学術研究プロジェクトを経て、2000年公立はこだて未来大学システム情報科学部複雑系科学科助教授に就任。2004年より現職。理学博士。

● 著書『フラクタルって何だろう』『経済・情報・生命の臨界ゆらぎ』『エコノフィジックス 市場に潜む物理法則』(ともに共著)など多数。

2010年8月収録

社会現象の科学的分析を
可能にした膨大な経済データ

鈴木 高安さんは、物理学の方法を社会現象の分析やマーケティングに活かす研究を続けておられるそうですね。私どもでは、その地域の特性や、地域の生活習慣、天候などから店づくりを考え、あるいは時代や流行の変化を見ながら新しい商品を提案する、といった形で仕事を進めてきました。毎日の仕事についても、単に過去のやり方がこうだったからというのではなく、何事につけ仮説を持って取り組み、その結果から検証するようにと言い続けてきました。そういう面で高安さんのご研究と接点があるのではないかと思いまして、今日はいろいろとお話をうかがいたいと考えています。

高安 私は鈴木さんの著書で、私が考えているのと同じようなことを現場で実践していらっしゃったことを知り、強い感銘を受けました。私どもの「経済物理学」というのは、いままで物理学が自然現象を対象に観測し、分析してきたのと同様に、人の集団を対象にして正確に観測し分析していけば、そこから普遍的な法則性が発見できるのではないかという考え方で始めたものです。そういう法則を発見できれば、流行などの社会現象やパニックなどの集団現象を正しく理解して、コントロールしていくことに役立てられると考えています。

鈴木 物理学を専攻されてきた高安さんが、そういった社会現象に目を向けて研究しようと考えられたきっかけは、何だったのですか。

高安 研究に必要なデータが十分に手に入れられるようになったことが大きいですね。現在は、商品の販売動向をリアルタイムにとらえられるPOSシステムがあり、ブログやツイッターなどによって人々がいま、何を感じているのかもつかめるようになりました。人の多様な行動が電子媒体に記録されるようになり、その膨大なデータを活用して、人の行動を正確に観測することが可能になりました。かつて物理学者が自然の観測から得たデータをもとにさまざまな自然の法則を発見したように、これからは観測データをもとに、人の活動の普遍的な法則を見つけ出すことができると思います。

鈴木 いま話に出たPOSデータに関して言うと、これをマーケティングに本格的に活用したのは、私どものセブン‐イレブンが世界で最初でした。セブン‐イレブンがPOSシステムを導入したのは1982年です。その頃ちょうど日本の消費社会が、それまでの売り手市場の時代から買い手市場に変化して、売り手の都合で品揃えをしてもお客様に買っていただけなくなりました。そのため各店舗が単品ごとにきめ細かく販売動向をとらえ、お客様のニーズに合った適切な品揃えを進める支援の一環として、POSデータの活用を考えました。当時アメリカでは、すでにPOSが普及していましたが、活用の事例はどこにもありません。そこで、自分たちでどのようにデータを活用していくか考え、そのための情報システムも自分たちで構築してきました。

高安 ニーズがあって本格的なデータ活用が始まったわけですね。科学の発展も、やはり社会的なニーズが重要な役割を果たしています。たとえば、製鉄業の発達で溶鉱炉の温度を正確に測る必要が生じたことが、原子の発見や量子物理学の道を開きました。
21世紀社会は、たいへん複雑化、高速化していて、社会生活を円滑に送るには、高度な情報システムが日々産出している膨大なデータを、多角的かつ迅速に分析する必要が生まれています。「経済物理学」は、その分析のための論理を提供する研究です。  

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