鈴木 需要の拡大という点では、これまで何度か消費拡大のために地域振興券や定額給付金など、現金やそれに類するものを国民に給付する政策が取られましたが、これについてはどう評価されていますか。
小野 まったく間違っていると思います。お金を給付しても、需要拡大につながらないことははっきりとしています。なぜなら、給付するお金はどこから出てくるのかといえば、税金です。今日お金をもらっても、早晩、税金としてその分は取られるから、消費は増えません。結局、お金を回すだけでは社会全体のお金の量は増えないから需要が増えるはずがない。だから、給付金政策で需要を増やそうとしても意味がありません。
鈴木 政治も経済も、モノが不足していた時代の方が、ずっと対応が楽だったと言えますね。小売業にしても、モノ不足の時代なら価格を安くすれば、いままでその商品を買えなかった消費者も買えるようになるので、市場規模全体が広がり、需要も増やせました。ところが、モノが行き渡ってしまうと、いかに価格を安くしても、市場が広がって新たなお客様が生まれるわけではありません。
いまやモノが売れないのは、価格が高くてお客様が買えないからではなく、そのモノに対するニーズがなくなってしまったためです。この点を、正しく認識しないといけません。安くするのではなく、ニーズがなくなった既存の商品に代わる新しい価値のあるものを提供していくことが必要です。そのためには、いままでとは発想を変えて、いろいろな角度から考えて、新しいことに挑戦することが重要です。不況の時ほど、発想を豊かにして新しいことに挑戦しなければいけませんが、不況になるとかえってものの捉え方が狭くなって、過去の成功事例にとらわれて、価格を安くする方向に行ってしまいます。
小野 おっしゃる通り、価格を下げることばかりに目を向けるのは間違いです。市場が拡大しない消費飽和の時代に、価格を下げてシェアを伸ばしても、競合している会社の持っていたシェアを奪うだけで、全体の需要は増えません。個別企業にとっては価格を下げて、競合企業からシェアを奪い取ることで短期的には業績を改善できるかも知れません。しかし、全部の企業が価格引き下げ競争を行えば、結局はみんなが利益を手に入れられなくなるだけです。
また、みんなが価格を引き下げて物価全体を押し下げてしまうとデフレになります。デフレとは、モノの価値に比べてお金の価値がどんどん上がっていくことですから、お金を貯めることが有利になって、ますますモノが売れなくなってしまいます。
鈴木 私はいつも「過去の経験をすべて捨てて、白紙の状態で現状を見て、考えなさい」「私たちのほんとうの競争相手は、競合他社ではなく、『お客様のニーズ』であり、その変化に合わせていくように」と言っています。
小野 なるほど。その「お客様のニーズが競争相手」というのを私の言葉で言うと「商品のライバルはお金」ということになります。なぜなら、たくさんの商品の中からどれか一つを選ぶというだけでなく、商品を選ばずにお金として持っておくという選択肢もお客様にはあるわけです。ですから、商品全体の競争相手は、最終的にはお金です。
鈴木 消費飽和の時代に不況になって、生活の先行きに不安が生まれると、ますます「お金を持っていた方が安心」という考え方が強くなってきますね。
小野 まったくその通りです。ところが、そのように多くの人々がお金を使ってモノを買うより貯める方に向かうと、ますます不況が長引いてしまいます。そもそも人々がお金に期待しているのは、必要なモノ、ほしいモノとなんでも交換できるという機能です。かつて高度成長時代は、今日お金を使わずに貯めておくのは、明日、夢のハワイ旅行だとか、新しい電化製品だとかをドーンと買うためでした。だから、お金が貯蓄に回って今日の需要が生まれなくても、明日はもっと大きな需要が期待できました。そこで、企業は人々が貯蓄に回したお金を投資の資金として活用して、生産設備を強化して需要拡大に備えたわけです。こうしてお金が回っていくことで、需要が需要を生んでみんながハッピーになれました。
鈴木 モノ不足の時代は、お金より商品の方に魅力があったわけですね。暮らしの中に電化製品や車など、モノが増えていくことが豊かさの指標になった。ところが、いまはモノが余ってしまって、むしろいかに処分するかという心理状態になっています。ですから、下取りセールのように、いまあるモノがお金に換えられるとなると、たくさんのお客様が利用されます。
小野 そのような状況下で、人々がなぜお金を貯めるかというと、先行きに不安があるからです。これでは将来何か買うために貯める場合と違って、明日の需要が期待できません。ですから、企業も貯蓄されたお金を資金にして投資しようとはしません。結局、いまお金を貯める行為は、需要に結び付かずに不況を長引かせてしまいます。