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[対談] ブレイクスルーのヒント

いま、価値を伝える「コミュニケーション」能力が消費飽和を打ち破る

消費飽和と言われて久しい中、広告、商品、店舗からブランドイメージまで幅広い領域でアートワークやディレクションワークを手掛け、ヒット商品、ヒットブランドを生み出してきた佐藤可士和氏。いま、激変する時代の中でビジネスに新たな成長をもたらすコミュニケーションの力について、数多くの実績に基づいた貴重なお話をうかがいました。

HOST

セブン&アイHLDGS.
CEO兼会長
鈴木 敏文

GUEST

アートディレクター

佐藤 可士和氏

(さとう・かしわ)

1965年東京生まれ。

多摩美術大学グラフィックデザイン科卒。株式会社博報堂を経て2000年クリエイティブスタ ジオ「サムライ」設立。

主な仕事に、SMAPなどミュージシャンのアートワーク、NTTdocomoの携帯電話デザイ ン、ユニクロ、楽天グループ等のクリエイティブディレクション、国立新美術館のシン ボルマークなど。

2007年4月より、ブランディングプロジェクトを手がける明治学院大学で客員教授に就任。

2009年11月収録

客観的な視点で「無意識」を可視化する

鈴木 佐藤さんは、アートディレクターとして、ファッション専門店や情報通信などさまざまな分野のブランディングワークで実績をあげておられます。今日は、そのご経験からビジネスにとってのコミュニケーションやクリエイティビティについてうかがいたいと思います。
まず最初に、いろいろな企業とお付き合いがあると思いますが、伸びる会社とそうではない会社との違いみたいなことをお感じになることはありますか。

佐藤 一番大きな違いは、ビジョンがはっきりしているかどうかだと思います。伸びる会社というのは、私のところにご依頼になる以前に、すでに自分たちがどういうことをしたいのかという点がスパっと見えていて、それをどういう形で外部へコミュニケーションしていけばいいかを相談したい、そういうケースが多いように思います。

鈴木 確かにビジョンは大切ですね。しかし、これだけ世の中が変化していれば、ビジョンを実現させるための具体的な行動を、いかに時代に合わせていくかが重要です。私どもでも、たとえば総合スーパー業態などは、かつて高度成長期に時代の波に乗って短期間に急成長を遂げた時の成功体験がどうしても捨てられず、いまの時代に対応できていません。目の前の仕事に追われて、社員が思い切って意識を変えられないのです。

佐藤 意識を変えるには、やはり時間がかかりますね。私は大学のブランディングもお手伝いしていますが、最初は「なぜ大学にブランディングが必要なのか」という見方も強く、そこからの意識のすり合わせにたいへん苦労しました。まずは内部の人たちに向けたプロモーションというか、意識の共有化が非常に重要だと考えています。
私の仕事は最終的には商品や店舗など、目に見える形になります。その形を見てもらえば、なるほどこういうことかと、意識の共有化が可能になることが多々あります。社員にとっても、世の中の人にとっても、なるほどと思ってもらえるようなインパクトのある形を提示して、ビジョンを可視化するということが重要だと思います。

鈴木 ブランディングという点でいえば、まず自分たちの店舗なり、商品なりの良さはどこにあり、また他との違いはどこにあるのかという点を、バイヤーやマーチャンダイザー自身がしっかりと把握していないと、お客様にもきちんと伝えることができません。

佐藤 まったく同感です。ただ、どこの会社でも、自分の会社の良さを十分に把握できている会社はなかなかありません。
たとえば個人に置き換えて考えると、自分で自分の良さをよくわかっていないのと同じです。しかし、自分では見えていないことでも、外側から客観的に見ると簡単にわかることがあります。そうした本人の気づかない無意識の部分を意識化することが、私の仕事の大きな部分を占めています。私のやっているデザインは、外から何かを付け足すのではなく、相手の中から良い部分、主張すべき部分を引き出してきて、「こういうことですね」と明快な形で提示することだと考えています。

鈴木 なるほど、意識を変える時も、自分たちで気づくということが重要ですね。そこがなかなか難しいのですが。

佐藤 自分たちで気づくというのは、実はたいへん苦しい作業だと思います。うすうす感じていたりしても、なかなかコレという答えが出てこないもどかしさみたいなものがあるのです。そこで、私はいろいろとヒアリングをして、さまざまな仮説をぶつけてみます。
たとえば、日本にいると日本製の商品のもっている品質は当たり前のものですが、細部にいたるまできわめて高いクオリティを備えているというのは、海外から見れば驚異的なことです。ですから海外に発信していく時に、日本のクオリティというのは大きな強みになります。しかし、日本の中にいるとなかなかこれに気づきません。
そこで、あるファッション専門店が海外に進出する際に、単に店舗を開くというのではなく、最先端のリアルな東京カルチャーを発信するメディアになるという考え方を提案しました。自分たちが日本代表として出店するんだという「つもり」になることが大切です。そうすると、店舗や売場のあり方も変わってきます。意識の持ち方、つまり「つもり」が変われば、すべて変わってきます。

素人目線の素朴な疑問から新しいものが生まれる

鈴木 私は、いま売れる商品には、新しさが必要だと感じています。そこで社員には新しさを引き出すようにしなさいと、いつも言っているのですが、なかなかそれができません。佐藤さんのように新しいものを生み出していくクリエイティビティというのはどこから生まれてくるのですか。

佐藤 新しくないと人は感動しないし、刺激にならないですね。根本的に新しいかどうかは別にしても、「新鮮に感じる」という切り口でとらえると、新しいことは意外と見つかるものです。
鈴木さんの著書を拝見していると「素人の目線」ということをたいへん大切にされていますね。私はその「素人の目線」こそが、新しいものを引き出すうえで、すごく重要だと思います。私たちの日常の生活の中で感じた疑問から発想することが重要です。ところが、仕事をしていると、会社の都合や大義名分から考えてしまいます。

鈴木 おっしゃる通りです。私たちは生活者を対象にした商売をしているのですから、生活感覚を大切にする必要があります。私はずっと「お客様のため」ではなく、「お客様の立場で」考えるようにしなさいと言い続けています。これは似ているようですが、「お客様のため」というのは、あくまでも自分が売り手やつくり手の立場に立って考えていることです。それでは、佐藤さんのおっしゃる大義名分といっしょで、生活感覚から離れてしまいます。「お客様の立場で考える」というのは、仕事や過去のしがらみから離れて、ふつうの生活感覚で考えるということです。

佐藤 そこは混同しがちなところですね。私が初めてプロダクトデザインを手掛けたのは、携帯電話のデザインだったのですが、その時、こんな経験をしました。私は、つねづね全体が赤なら赤という同じ色で統一されている携帯電話がほしいと思っていましたが、当時はなぜかそういうものがありませんでした。そこで、どうしてこの部分は色を変えているのかと聞いたら、「そこはゴムの部分だからグレーなんです」と、当たり前のことのように言われました。業界としては、部品の素材が違えば色が違うのは当たり前だったのですね。技術的には同じ色にできないわけではないのに、同じにしようとすると、コストがアップするわけです。しかし、一般の人からすれば、わずかにコストが上がるからという議論はリアリティがありません。全体が赤くてカッコイイ方が良いに決まっています。そこで、私が素人の視点で単色の携帯電話をつくったら、かつてないほどの大ヒットになりました。その後は、素材が違っても同じ色にするというデザインは、当たり前になってしまいました。

鈴木 担当している人間は、どんどん細かいところに入り込んでいく結果、その商品にとって、ほんとうに大切なポイントは何かということが見失われるのですね。

佐藤 何銭コストを下げるというのは会社にとっては大切な問題でしょう。しかし、そこだけにこだわってしまうと、新しいアイデアは出てきません。素人の目線で、「どうしてこうなっていないのだろう」「もっとこうならいいのに」という素朴な疑問を解決しようとすることが、新しいものを生み出すこと、つまりクリエイティブにつながると思います。

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