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[対談] ブレイクスルーのヒント

目標と価値観を共有することで全員が同じゴールを目指すことができる

鈴木 目標や価値観を全員が共有するということは、すべての仕事にとってたいへん重要なことですね。私どもも方針や情報の共有については重視しており、年に1度、グループ幹部約8000人が集まる経営方針説明会や、毎週開催する「業務改革委員会」など、ダイレクトコミュニケーションを実施しています。

会議に関していえば、効率化を図り会議を3分の1に減らしたことがあります。以前は全員で行事の段取りなどを読み合わせしていましたが、私を含め多くの人がムダな時間と感じていました。ところがそれをやめてイントラネットで各自が読むようにした結果、以前よりミスが増えたのです。表面的な理由は「パソコンだと読み飛ばされやすい」でしたが、実は読み合わせの中で、アイデアや質問が出たり、頭でシミュレーションしたりと、自然にリスク回避できていたのです。ただ書類を回して「やってください」では、互いにフォローできません。

鈴木 ダイレクトコミュニケーションが重要なのは、単なる言葉だけではなく、その場の雰囲気や声のトーンから何が重要か、何を伝えたいのか、何を理解していないのか、言葉以外でも伝わるものがあるということです。こうした場で、さらに相手が理解し、行動が変わるまで繰り返し話し続けることです。
改革を進めていくには、全員が進むべき方向を揃えることが大切です。そうしないと、力が分散して効果が上がりません。

おっしゃる通り、価値観と目標を全員が共有していることが必要です。大切なのは、共通の価値観に基づき、だれもが迅速に行動できることです。私はゴールが同じなら、そこまでの通り道は自由でいいと考えています。
当校には100人以上の教職員がいて、私一人ではとても目が行き届きません。以前、生徒と一緒に中国の工場を見学したことがあるのですが、日々人が入れ替わるため、箒の位置まで絵で指定されていて、管理の行き着くところを見たように感じました。管理をするとボトムは上がっても、臨機応変な対応や工夫が抑えられてしまいます。当校では方向性は合わせますが、「一人ひとりの教職員が目の前の生徒に何をしてあげたら一番いいかを考える」ということを大切にしています。

鈴木 たしかに、目標を達成するまでの方法は一つではありません。そこに一人ひとりの仮説があり、工夫があり、検証し続けていくことが大切です。

他にはない価値で支持を得る未来に向けた人材教育「28プロジェクト」

鈴木 品川女子学院は「28歳になった時に、社会で活躍している人材を育てる」というたいへんユニークな教育方針をお持ちですが、それはどういう背景から生まれたのですか。

私立学校はそれぞれ「こういう人を育てたい」という独自の理念がありますが、昨今は、大学の合格実績が偏重される傾向があるように感じます。もちろん、生徒が志望校に合格する学力をつけることは大切です。しかし、それだけでいいのでしょうか。とくに女子の場合、難関大学を卒業して一流企業に入ったとしても、出産などで一度退社した後に同じポジションに戻れる可能性は、日本ではまだ低いのが現実です。女性で、もとの仕事に復職している人は、資格職や専門職が多いのです。それなら、どこの大学に入ったかという「学校歴」より、どんな能力を身につけているかという「学習歴」が重要だと考えました。
そこで本校では、高校卒業時の18歳ではなく28歳でどう活躍しているのかを最終的なゴールにしています。28歳というのは、女性のワークライフバランスを考えた設定です。第一子の平均出産年齢に近く、また、仕事の上では学んだことがようやく社会に還元できるようになる年齢だからです。それを「28プロジェクト」とし、さまざまな企業とのコラボレーションで商品開発をしたり、起業体験をしたり、生徒と実社会をつなげる取り組みをしています。セブン‐イレブンさんにもご協力いただいたことがあります。生徒は親や教員以外のさまざまな大人と触れ合うことで、仕事の意義を知り、将来やりたいことをイメージしていきます。具体的な目標を持つことで、学習へのモチベーションも高まっています。

鈴木 受験生が増えてきたのは、その方針が世の中に認められてきたということですね。

本校の志望理由のトップ3は教育方針、校風、「28プロジェクト」です。少子化が進み、学校も他にはない新しい価値を提供していくことが不可欠になってきました。そのためには、まだ生徒や親御さんの気づいていない潜在的な価値、ニーズを掘り起こして顕在化していくことが重要だと思います。

鈴木 それはモノ余りといわれている現在の小売業にも通じる話です。かつて、モノ不足の時代は、需要と供給のバランスによって、モノの価値が決まりました。しかし、いま求められているのは、そういう経済学で捉える価値ではなく、流行やオリジナリティなど、もっと人の心理に根ざした価値なのだと思います。ですから、人の心理を考えて、現在は何が求められるのか、そういう仮説を立てて潜在化しているニーズを顕在化することで、お客様から大きな支持を得ることができます。
学校も、単に偏差値、進学実績ではなく、どんな価値を提供できるかによって、生徒や親御さんの支持を得る時代になったのですね。

独自の価値が提供できれば、この学校に入りたいという人は必ずいるはずです。創立の精神を大切にしながらも、時代に即して変えるべきものは何なのかを考え続け、変わることを恐れないことが大切だと思います。

鈴木 モノ真似ではなく、独自性が重要ですね。その点もいまのマーチャンダイジングと通じるものがあります。かつては、どこかで流行したものを真似した商品をつくり、一年後に販売しても買ってもらえました。しかし、いまでは、それではお客様に見向きもされません。商品のライフサイクルが極端に短くなった結果、ある商品がヒットしていると気づいてから仕入れたのでは、もう間に合いません。まして前年と同じ発想では、ニーズの変化に置き去りにされてしまいます。

おっしゃる通りです。私たちは改革を進める過程で新しいことにどんどんチャレンジしてきましたが、周りが同様のことをするようになったら思い切ってそれを止め、また新しいことに取り組むようにしてきました。「あと3年くらいは、そのままいけるのに」という声もありましたが、それくらい余裕のあるところで新しく切り替えた方が、直後は少しダウンしても、その後また伸びていきました。役割が終わりきってから切り替えを図ったのでは、悪循環に陥っていくように思います。

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