鈴木 陸上競技に限らずスポーツの世界では、いま、新しい科学成果などを取り入れて、次々と新たな練習法も生まれていますね。指導者の方も、選手も、そういうものを取り入れて世界水準に伍していくのはたいへんなことでしょう。その中で、北京オリンピックの400mリレーでメダルを獲得したのは素晴らしいですね。中でも朝原選手は36歳という年齢で、あれだけの成績を出せたのは見事だと思います。
高野 35歳からは、マスターズというシニアクラスの出場資格があります。そういう年齢で、世界に挑戦して成果をあげたのは、まったく素晴らしいことです。
鈴木 以前に比べると、最近は選手生命が長くなっているように思いますが、いかがですか。
高野 生物学的に見れば、20代半ばにピークがあって、そこから能力が下がっていくと言われています。かつては、その通りで25歳くらいからだんだん記録が落ちていき、30代になると引退というのが普通でした。しかし、私たちの頃から30代でも活躍する選手が増えてきました。競技やパフォーマンスという点では、生物学的な能力だけでなく、技術、精神力、環境などの調和のとれたところで、走る力が引き出されます。そのため、30代を超えてからの方が、自分の生き方を自覚できるようになり、また周囲の環境にもしっかりと目を向けて、その中で自分が何をしたらいいかということを理解できるので、力を発揮しやすいのかも知れません。
鈴木 競技に勝ち抜いていくにも、人間としての総合的な力が問われる時代になってきたのですね。
高野 選手の年齢が伸びてきた結果、選手も社会人として自立する必要が出てきました。そのため、従来のように単にスポンサーを探すのではなく、選手自身が社会に参加して、自立して陸上競技の伝道師としての役割を果たす、そういうマーケティングの仕組みが必要です。実際に、学校を卒業した後も競技を続けたいという選手が何人もいたものですから、そういう人に仕事を提供しようと、私自身、イタリアン・レストランの経営を始めました。実際にやってみると、材料を仕入れて、加工して、サービスを提供して、利益を得るということがいかにたいへんなことか、選手が身をもって知る良い機会になっています。
鈴木 仕事場としてレストランを選んだ理由は何かあるのですか。
高野 「食」というのは選手にも身近な問題ですし、人の生活にもたいへん重要なことだからです。店は決して高級店ではありませんが、サービスは一流を目指しています。おいしさという点はもちろんのこと、お客様に感動していただける「おもてなし」を大切にしています。感動がなければ、お客様にまた来ようと思っていただけませんね。そのためには、たとえば、長く待たされているお客様がいたら、こんなことにお困りだろうというように、お客様一人ひとりに乗り移って考え、自分たちのサービスをどう変えていったらいいかを話し合ったりしています。
鈴木 まさにお客様の立場に立ったサービスの提供ですね。先ほども申し上げましたが、小売業・サービス業は、いまやお客様の心理を考えなければ成長はありません。今日、お話をうかがって、陸上競技で一流選手として成果をあげていく上で必要な考え方などは、ビジネスの世界にも通じることがたくさんあるとわかりました。とりわけ現在は、過去と同じことを繰り返していても成長は望めないだけでなく、時代の流れから取り残されてしまいます。高野さんのお話にあったように環境の変化を素直に受け入れ、その中で興味を持って自分から新たな挑戦を仕掛けていくことで、流れをつくっていくことが重要です。
本日はお忙しい中、たいへんありがとうございました。