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[対談] ブレイクスルーのヒント

「質」を強化していけば結果として「数値」はついてくる

鈴木 吉川さんは事業構造改革に取り組まれて、収益構造改革、資産構造改革、有利子負債削減、さらにマネジメント改革、持株会社制への移行などを矢継ぎ早に進めてこられましたが、それらの改革にあたっては、数値目標よりも「何をするか」という施策を重視されているとうかがいました。

吉川 事業の領域そのものは変わらなくても、構造を大きく変えなければ生き残れないと判断したので、構造を変えるためには何をすべきかという「施策」をはっきりさせました。その施策をきちっと実行すれば、結果として数値がついてくるはずです。各事業会社と持株会社の間で、やると決めた施策は絶対に実行するという約束(コミットメント)を交わしています。もしも思わしい結果が得られなかった場合は、「施策に誤りがなかったのか」というように、施策の段階に戻って見直します。
改革の目標として年間何千億円という数字を打ち出して、そこから施策を考えるという方法では、必ず数字合わせのためのでたらめな計画が出てきます。それよりも、会社の体質を強くするための施策を、きちっと立案、実行していくことの方が重要です。

鈴木 私も「質」をしっかり強化していけば、必ず数字は後からついてくると言い続けてきました。セブン‐イレブンの事業を始めた時も、決して何年間に何店舗つくるというような数値目標は掲げませんでした。吉川さんがおっしゃる通り、数値目標を掲げると、無理な数字合わせを行いがちです。ですから、私は、量的な規模の拡大ではなく、質の向上を目指す経営に取り組んできました。体質を変えるということが一番大切なことですね。
イトーヨーカドーは、もともとは衣料品からスタートし、食品は途中から手がけるようになりました。最も古くからある衣料品は、いまや消費飽和環境の中でお客様の支出も減る状態にあるのですが、なかなか変化への対応が進んでいません。比較的新しい食品の方がその点は対応が進んでいます。御社は長い歴史をもっているだけに、過去の経験から脱却するのもたいへんだったのではないですか。

吉川 私どもでは、伝統的な鉱山・製錬事業が変わらないために、警告を出していたのですが、それでも反応がありませんでした。そんな時に、古くからある主要工場で排水事故を起こして、その報告が遅れたために、川の下流にある飲料水の取水源にごく微量の排水が流れ込んでしまいました。幸い健康被害が出るほどの量ではなかったのですが、それでも私は事故に対する対応の遅れを重視しました。それは偶然のことではなく、過去からずっと問題が起こった時に隠すような体質があったからだと考え、全社内から専門家などを20名ほど工場に入れて、徹底的に調査させました。その結果、いろいろと問題点が見つかりました。そこでこの機会を逃しては体質を変えることはできないと考えて、思いきって工場の操業を1カ月停止しました。1日操業を止めただけでも1億円近くの損失を出すので抵抗もあったのですが、厳しい対応を取ることで、全社的に「昔のやり方ではいけないのだ」ということを切実に感じとってもらいたかったからです。事故はあってはならないことですが、万が一起こってしまったら、それは自分たちの悪しき習慣を断ち切る機会として活かしていくことも大切だと思います。

「べき論」ではなく、具体的に踏み込んで「やり抜く」ことが必要

鈴木 昨今は、食の安全をめぐる問題が社会的にいろいろと露呈していますが、そういう逆境は、まさに改革のチャンスでもあるわけですね。

吉川 私は行動を伴わない「べき論」と、最後までやり抜くことは全く別だと言い続けています。事故や不祥事が起こった時でも、具体策も責任もなく、評論家的に「べき論」を口にする人は数多くいます。しかし、口先だけでなく、実際に具体的な対策を立てて改革を実行に移し、やり抜くのでなければ意味はありません。ですから私は、つねにどのように実行するのかを問いかけています。
たとえば、仕事のスピードを上げるという場合でも、私は「きみは具体的にその仕事を何時間で、あるいは何日でするのか」と聞き、1週間という答えなら、「なぜ4日間ではできないのか」と言います。仕事ではよく1週間後、1カ月後、という区切り方でスケジュールを立てますが、よくよく尋ねるとその区切り方に根拠のないことが多いのです。私は具体的な根拠のないものは一切認めません。

鈴木 確かにおっしゃる通りですね。たとえば、2カ月あればできるだろうと思っている課題でも、期日を明確にしておかないでいると、1カ月後にあの課題はどうなったと聞くと、あと3カ月かかるという返事が返ってくる。そこで、改めて期日を区切ってやらせるとちゃんとできる、というようなことがよくあります。2005年の初めに持株会社制への移行に向けて関係部署に対応を指示した時も、必要な手続きをすませるのに1年以上の期間が必要だとの報告を受けました。しかし、変化の激しい時代にあっては、何よりも迅速な対応が不可欠です。そこで期限を区切って仕事を進めさせた結果、半年で現在のホールディングス設立に至りました。後で聞くと、持株会社への移行が、こんなに早くできた事例はないそうです。

吉川 よく何かを変えようとすると、「それでは検討します」といって大会議を開くことになりがちです。しかし、そのような官僚的な仕事の進め方では、現代のスピーディーな変化についていけませんね。鈴木さんの著書を拝見して、セブン‐イレブンさんでは、「商品の陳列の仕方をこう変えよう」という指示がでたらすぐに実行する、そういう考え方を、現場にいたるまで徹底させていると知り、同じようなことを考えていらっしゃると思いました。日常の仕事では、ほとんどの場合、簡単な打ち合わせをして実行すればすむ話で、いちいち会議を開いて検討するようなことはありませんね。
また、最近はシナジー効果という言葉をよく耳にします。しかし、具体的にどういう効果があるのか、その効果を出すのは誰かという点まで踏み込んで提示できなければ、軽々しくシナジー効果などと言うべきではないと思います。

鈴木 流通業と金属事業とまったく領域は違いますが、お話をうかがっていると改革の課題という点ではまったく同じです。私たちのこれからの取り組みにも、たいへん参考になります。本日はありがとうございました。

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