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[対談] ブレイクスルーのヒント

壁のない1フロア、フリーアドレスの画期的なオフィスを実現

鈴木 吉川さんは、官僚主義のはびこった社内の風通しをよくするために、まず社内の壁を壊すということに取り組まれたそうですね。

吉川 官僚的な縦型社会がつくり上げられてきた結果、必要な情報が社内に流れませんでした。そのかわり、社内のあちこちに一種の派閥のようなグループができて、その内部だけで情報交換が行われていました。そんなバカげたことをなんとか壊そうと考えた時に、壁の存在がとても良くないと気づきました。
たとえば、隣同士の部署ならちょっと歩いていけばすむ距離なのに、壁があると隣の部屋まで行くのが億劫になって、電話ですませてしまいます。そうすると、だんだん特定の人以外とは、直接顔を合わせてのコミュニケーションがなくなり、派閥が生じていくわけです。ですから、物理的に人を隔てている壁を取り払おうと考えました。

鈴木 現在、秋葉原にある本社は、壁のない1500㎡のフロアで400名の社員の方が働いているそうですね。しかも、社員が決まったデスクを持たない完全フリーアドレス制だそうですが、伝統のある会社で時代の先端をいく方法を率先して取り入れられているというのでたいへん驚きました。

吉川 放っておくと、人は壁をつくりたがるものです。壁がなくなっても、パーテーションやロッカーなどで囲い込もうとします。ですから、私は固定デスクも脇机もロッカーもパーテーションも全部追放しました。ロッカーや脇机にしまいこんでいる書類というのは大半が不必要なものなのです。

鈴木 確かに過去の資料をため込んでおいても何の役にも立ちませんね。そればかりか、過去のデータに頼ってしまうという弊害さえ生みます。かつては、商品のライフサイクルも長く、前年の同じシーズンに売れたものが、今年も売れました。しかし、消費飽和の現在では、いままでにないモノが求められていて、昨年売れたものは、今年はもう売れません。そのように消費環境が大きく変わっているにもかかわらず、うっかりするといまでも「去年の今頃これが売れたから、今年も同じようなものを揃えよう」という発想に陥ってしまいます。ですから、私は過去のデータに頼ってはいけないと言い続けてきました。
現実のマーケットを見て、そこから自分たちで仮説を立てて検証するという、客観的な仕事の仕方に変えていくには、思い切って過去の資料を捨てるということが大切です。

吉川 さらに部門や役職ごと固まらないように、フリーアドレスにしました。いまのオフィスは450席あって、どこでも自由に座れるようになっています。

鈴木 そのように大胆に変えたことで、予想外の問題が起きたりはしませんでしたか。

吉川 当初、管理職からは部下があちこちに散らばっていては、管理ができないという声がありました。しかし、管理職というのは仕事を管理するのであって、人を管理しているわけではないのです。部下を信頼して仕事をさせれば、その日の自分の仕事に必要な人たちが、だいたい同じようなところに集まって仕事をするようになります。それでコミュニケーションがよく取れるようになって、仕事の管理もしやすくなるので問題はありません。

情報プラスアルファの説得力を生むダイレクトコミュニケーション

鈴木 そのように壁をなくして、社員の皆さんがフェイス・トゥ・フェイスのコミュニケーションを取るようになれば、情報の共有化も進んでいきますね。私もずっとダイレクトコミュニケーションを重視してきました。
先ほど申し上げた「業務改革委員会」もその一つですが、それ以外にも、セブン‐イレブンのOFCやイトーヨーカドーの店長を本部に集めて会議を開いています。また、毎年、グループ各社の中堅以上の幹部社員8000人以上を一堂に集める「経営方針説明会」を開催し、私が直接話をしています。そうしますと、そこに出席した社員からは、組織を通じて自分の上司から聞かされた話とはだいぶ印象が違うといった声もよく聞かれます。

吉川 確かに、私の話がいくつもの部署を経て伝わっていくうちに、「ネコが道で転んだ」という話が、「サルが川でおぼれた」というくらいに内容が変わってしまうことがよくあります。時には指示そのものが消えてしまうことさえあります。実際に会社に利益をもたらしてくれるのは、現場で働いている人たちですから、そこにしっかりと思いが伝わらないと、改革は進みません。
「壁」というのは物理的な壁、組織の壁…といろいろあるのですが、突き詰めていくと人の「心の壁」に行きあたると思います。これを壊すのが一番たいへんです。

鈴木 まったく同感です。私は、改革というのは、言い続けて徹底を図ることが不可欠だと痛感しています。業務改革委員会もすでに1000回以上に達していますが、何度も同じテーマが出てきます。1度取り上げて徹底して改革を行っても、しばらくするとまったく同じことが問題になるわけです。

吉川 心というのは一人ひとり違っているわけですが、経営のトップに立つと、今度はそれを、会社の目指す一つの方向に導かないといけないわけですから、難しさも倍加します。私は、愚直に社員と対話を積み重ねることしか対策がないと考え、海外を含めて約70ある事業所を1年半かけて一つひとつ全部まわり、そこで制限時間を設けずに討論集会を開きました。

鈴木 まさにダイレクトコミュニケーションですね。私は以前よく、高度情報化社会でいろいろな通信手段も発達している時代に、時間とコストをかけてOFCや店長を集めて会議を開くなど非効率ではないかと言われましたが、直接顔を合わせて話をすることが重要なのだから絶対にやめないと言い続けました。

吉川 おっしゃる通りです。直接顔を合わせて対話を行うことで、お互いの心が開かれ、お互いの間にある壁を低くすることにつながるのだと思います。直接顔を見れば、そこに何か感じるものが必ずあります。そういう感性を育てることが重要です。

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