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[対談] イノベーションの視点

店舗をメディアにして新たな魅力を発信する

鈴木 小売業の世界でも、なかなか過去の経験から脱却できないというのが現状です。スーパー業態などは、過去のモノ不足の時代にできあがったために、どうしてもモノが売れない時には値段を下げれば売れるという感覚が根強く残っています。しかし、現在のようにモノが生活に行き渡るようになった消費飽和の時代にはいくら値段を安くしても、今までにない新しい価値のあるもの以外は買っていただけません。

佐渡島 多くの電子書店でも提案してくるのは値下げによる集客です。たとえばマンガの単行本の1巻から5巻を無料にして、その続きを買ってもらおうというようなことです。しかし、そういう値下げには、一時的な集客効果しかありません。今求められているのは、新しい環境の中で事業をしっかりと成り立たせる収益構造ではないかと思います。

鈴木 私は、セブン‐イレブンの事業でも、つねに価格競争に巻き込まれてはいけないと言い続けてきました。安さではなく他にはない独自の商品やサービスを重視して生まれたのが、おにぎりやお弁当など、今のコンビニの主力商品です。それらの商品も発売した当初は「どの家庭でもつくれるものを、わざわざお店で買う人などいない」と言われました。それでも原材料や製造方法などにこだわり、家庭ではつくれないような味と品質の商品をつくることで、お客様の支持を着実に獲得していきました。そのために、専用工場や温度帯別の物流の仕組みなどを積みあげていき、現在のセブン‐イレブンの事業インフラをつくりあげてきました。

佐渡島 セブン‐イレブンはお店の背後に、たくさんの生産工場や物流システムの集積がある巨大なインフラ産業ということができますね。しかも、今ではセブンスポットという形でネット環境までお店に備わっています。こうしたインフラを活用すれば、お店が新しいメディアになると考えています。そして、メディアとしての価値を発揮していくためには、自分たちでコンテンツをつくることが大切だと思います。

鈴木 メディアというと、これまでは新聞や雑誌、テレビなどがその代表でしたが、お店をメディアととらえるのは新しい見方ですね。

佐渡島 私は今、AR(拡張現実)という新しいIT技術で、日本でトップのプログラマーと契約して一緒に仕事をしています。ARを使えば、お店をメディアにすることが可能です。今日は、その実例をお持ちしましたのでご覧ください。
 このポスターは、今、若い人たちにたいへん人気のあるバンドのCDアルバムの販促用につくられたものです。お客様がスマホに専用のアプリをあらかじめダウンロードして、CDショップに行ってこのポスターにスマホをかざすと、絵が動き出し、楽曲を聴くことができます。ポスターがCD試聴機になると話題を呼んでいます。

鈴木 なるほど、面白いものですね。

佐渡島 さらに、お客様がCDショップで、このバンドの2種類の新作CDを購入すると、特典としてもう一種類のポスターがもらえます。このバンドはメンバーの姿がほとんど公開されていないので、メンバーが写っているポスターは、ファンにとってたいへん価値があります。それだけでなく、こちらのポスターにスマホをかざすと、メンバーの声で時間を教えてくれる時計の機能もあります。ARを使うことで、今まで単なる印刷物だったものが、映像や音声をともなったメディアとして使えるようになりました。

鈴木 そういう形でリアルとネットが連携すれば、リアル店舗の集客力や販売力の強化につながるわけですね。私も、これからの小売業はリアルとネットを一体としてとらえていく必要があると考えています。そのため、私たちセブン&アイHLDGS.では、オムニチャネルなどの研究も進めています。

佐渡島 セブン‐イレブンも独自のアプリをお客様に提供して、来店するたびに音楽がダウンロードできたり、独自のキャラクターを手に入れてロールプレイングゲームができたりするようになると面白いと思います。音楽を提供する場合も、曜日や時間帯によって、あるいはお店の立地などに応じて、店舗ごとに違うコンテンツが提供できれば、お客様は来店するたびに、または新しいお店を見つけるたびに、「今度はどんなコンテンツがもらえるのだろう」と期待します。さらに、お客様の購買履歴などと連携できれば、お客様の好みに合わせるなど、さまざまな新商品と連携したコンテンツの提供も可能でしょう。
 店をメディアとして活用する際に大切なことは、メディアとして独占するだけの規模と、独自のコンテンツをつくることです。それによってメディアとしての力を十二分に発揮することができると思います。

鈴木 ネット販売で得たデータを、リアル店舗の品揃えや売場づくりに活かす仕組みをつくることで、リアルの売上げや集客力を高めるということも大切だと思いますが、この点についてはどうお考えですか。

佐渡島 おっしゃる通り、現在はそういったリアルとネットを一体としてとらえる新しい仕組みを構築するチャンスだと思っています。そういう仕組みさえきちっと構築できれば、どんな商品にも利益を上げる機会が生まれてくると思います。

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