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[対談] イノベーションの視点

編集者の能力が求められる時代に

鈴木 流通業では、自分たちでお客様のニーズに合わせて商品を開発し、生産から販売までの過程を自分たちでコントロールして売場に展開する必要性が高まっています。たとえば衣料品でも、SPA(製造小売業)がどんどん成長していて、スーパーなどは苦戦しています。これはモノ不足の時代に、メーカーさんや問屋さんから仕入れればどんどん売れたため、メーカーさんなどに依存する体質から脱却できないでいる結果です。

佐渡島 私は鈴木さんの書かれた本を読んで、売り手市場から買い手市場への変化という指摘にたいへん感銘を受けました。売り手市場の時代は、大量につくって売る仕組みを持った企業が勝ちました。しかし、買い手市場の時代になると、量ではなく質が重視され、トヨタやソニーなど質の高いものづくりを進めた企業が成功しました。1990年代に入ると、今度は機能的な質の向上だけではなく、デザインの優れたものが求められるようになり、デザイナーがさまざまな商品づくりの現場に入って行きました。
 そして2010年代に求められているのは、モノを買うプロセス全体をとらえ、そこにストーリーを与えていくことではないかと思います。たとえば、家からお店に向かい、買物をしてお店を後にするという一連の行動には心理や感情の起伏があって、一つのストーリーと見なすことができます。その一連のストーリーを、お客様の期待する形で提供していくには、生産者、デザイナーなど、個々の能力を結びつけていくことが必要で、それはまさに編集者の仕事ではないかと思います。

鈴木 私も、これからの小売業の商品担当者には編集の能力が求められると言っています。もはや1人の才能だけでお客様の求める商品を産み出すことは困難です。ですから、これからのバイヤーは、素材、生産、加工、デザインなどそれぞれの分野から優れた専門家を集め、ものづくりに巻き込んでいく能力が必要です。

佐渡島 編集者は自分で手を動かすわけではありませんが、それぞれの専門家に今何が必要かという情報や課題を提供して、お客様の期待に応える高い要求を出し続けることで、優れたものをつくりあげていくのが仕事です。
 鈴木さんはおいしいものほどすぐに飽きられるとおっしゃっていますが、マンガの週刊誌連載の場合も同じことが言えます。ある週に強く読者を惹きつける内容を考えて成功しても、次の週に同じことをしたのでは飽きられてしまいます。編集者はマンガ家や作家などのクリエーターに、つねに現在よりも高いレベルの要求をぶつけていくことで、生まれてくる作品のライフサイクルを長くしています。

鈴木 高い要求を出し続けることで、お客様の潜在ニーズに応えていくことは大切ですね。セブンゴールドの「金の食パン」は、4カ月で1500万食を超えるヒット商品になりましたが、あれも私が、もっとおいしい食パンをつ くりなさいと指示した結果生まれました。商品づくりの過程では、おいしくできても値段が高くなるという反対意見もありました。しかし、食パンは安くなければ売れないという常識をいったん捨てて、おいしいものをつくるように言いました。その結果、「金の食パン」は、従来より値段は高くなりましたが、たいへんな人気商品になりました。そして、まだ高い支持をいただいているうちにリニューアルをし、さらにおいしさを求めるよう言ったのです。

佐渡島 それもやはり、セブン‐イレブンという、素晴らしい販売力を持った店舗網があったからこそできたのだと思います。今、良いモノは、力のある売り先とワンセットでないと開発できない環境にあります。その点でセ ブン-イレブンは日本の中でも、良いモノをつくって販売できる条件を備えた数少ない企業の一つだと思います。ネットの企業がこれからリアルに進出しようとしても難しいでしょうが、セブン‐イレブンのようにしっかりとリアルのインフラを持った企業は、ネットと一体となることで、より強力になっていくと思います。

鈴木 なるほど、佐渡島さんのように若く才能のある人に、そういったネットとリアルの連携という面で、どんどん見本を示していただければ心強いと思います。今日はARをはじめ、いろいろと興味深いお話を聞かせてい ただき、たいへん参考になりました。お忙しい中、ありがとうございました。

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