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[対談] イノベーションの視点

「ビッグデータ」時代の情報技術が流通業の新たな可能性を拓く

鈴木 流通業界一つを取っても、私が流通業に関わってきた間に大きく変わりました。たとえば、最初の頃はコンビニエンスストアをつくるといったらみんなに反対されましたが、それがうまくいき始めるとみんながコンビニを手がけるようになりました。そして現在ではお客様のコンビニの使い方が変わってきました。こういった変化は永遠に続いていくのか、それともある時、元に戻ってまた新たな変化が始まるのか、月尾さんはどう考えられますか。

月尾 流通分野は、より便利な方向を目指して進化し続けると思います。セブン‐イレブンは日本で最も早くからPOSシステムを導入し、きめ細かい消費者対応をしてこられました。しかし最近では、従来の技術では処理できなかったような大量の情報も簡単に解析できるシステムが登場し、ビッグデータ時代といわれていますが、そうした技術を応用すればPOS以上に詳細な情報を収集し、より 高度な顧客対応が可能になります。
 たとえば、今でもコンビニのレジ係がお客様の性別や、おおよその年齢を入力しておられますが、顔を自動認識する技術が実用化されてきましたから、レジに小さなカメラをつければ、年齢や性別などの推定が正確にできるようになります。また、店舗の天井にモニターカメラを設置すれば、お客様が店内で、どのように移動し、どのような場所に足を止めたかなどを記録できます。POS情報に加えて、そのような情報も活用することで、商品の配置やサービスの内容を細かく変えていくことが可能になると思います。

鈴木 私は、情報通信技術の発展を背景にネットと実際の店舗を融合することで、さらにお客様に便利で身近な流通サービスが可能になると考えています。たとえば、ネットスーパーやネット通販などは、現代の「ご用聞き」だとよく言っています。一軒一軒お客様の注文を取って歩く「ご用聞き」は、大量生産・大量販売の時代にいったん廃れてしまいましたが、新しい情報通信技術を活用することで、新しい「ご用聞き」のサービスが可能になってきました。セブン‐イレブンでもお客様のご注文に応じて配達できるようになってきました。

月尾 ビッグデータの技術を活用して、たとえば、お昼にお弁当を買う人は、同時にどのような商品を注文するといった情報を蓄積していけば、「ご用聞き」サービスでも、商品を配達する時に、こういう商品は必要ありませんかとおすすめすることも可能になります。そのような情報技術の活用が進めば、お客様が店舗に来るのを待っているだけではなく、お客様のもとまで出かけて、よりきめ細かなサービスを提供するというように、流通業の形式も変わってくると思います。

情報社会で重要なことは違いを生み出す「多様性」

鈴木 お客様の価値観という点でも、心理的な変化にともない、大きく変わってきていると思います。今まで「安い」とか「高い」といったわかりやすいところに価値判断の基準があったように思いますが、現在はその人の感触など、より主観的な部分で価値を判断するようになってきています。

月尾 そのような変化を要約すると、画一から多様へという変化になりますが、これは工業社会から情報社会への基本的な変化の一つです。工業社会というのは同じものを大量に製造して安くするのが基本的な構造でした。一方、情報社会の最大の特徴は「違いを生み出す」ということにあります。他とは違うものや、これまでにない新しい製品をつくった時に価値が生まれるわけです。そのような情報社会が進展していくと、いろいろな場面で「違う」ということが重視されるようになり、結果として社会に多様性が生じていきます。したがって、これからはその多様になる価値観にどれだけ対応できるかが課題になると思います。

鈴木 まったく同感です。実際に商売をやっていても、新しい商品が出るとパッと売れますが、すぐにお客様に飽きられてしまい、お客様はつねに新しい商品を求め続けています。ですから、私も社員にはいつも「新しい商品をどれだけ提供できるかが、今の商売では最も重要なことだ」と言い続けています。

月尾 それとともに、同じ商品が日本全国に行き渡るというよりも、地域だけの独自の商品というように、可能な限り個別細分化していく方向で次々に新しい商品やサービスを提供することも、大きな差別化につながると思います。

鈴木 私どもでも、地域ごとの個別対応を重視しています。たとえば、セブン‐イレブンではおでんなどでも地域に応じた味付けに変えていますし、地域限定商品の提供にも取り組んでいます。

月尾 そうした個別対応をさらに進めていくと、個人個人の要望に応じた商品提供というところに到達します。すでにパーソナルコンピュータの分野では、顧客一人ひとりの要望に応じた仕様の製品を提供する、一品生産も実現しています。お弁当のような低価格の商品で、ただちに実現することは困難かもしれませんが、情報通信技術の発展によって、お客様にインターネット経由でおかずを一品一品 選んでもらい、それらをお弁当にして1時間以内にお届けするというようなサービスも可能になると思います。

鈴木 企業経営でも今「ダイバーシティ(多様性)」ということが言われています。私たちセブン&アイグループでも、新しい発想を生み出す一環として、今年、グループの店舗で女性だけの店をつくったりしています。

月尾 素晴らしいことです。これまでの日本企業では、社員の多様性が少ないのが実態です。しかし、これからの社会では、人種的にも年齢的にも多様で、男女も均等の人数の社員が混在するという構成が重要になります。数年前に米国のGM(ゼネラル・モーターズ)が破綻した時、米国で一流企業と目される会社を調べてみたところ、GMだけがCDO(チーフ・ダイバーシティ・オフィサー)という社員の多様性を確保する執行役員を置いていなかったことがわかりました。最近の大企業では、CDOが存在することが普通になっています。

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