鈴木 根本的に変えていかないと新しくならないというのは、まったく同感です。百貨店は、かつて「小売りの王者」と呼ばれた業態ですが、いまはどこも業績が上がらずに苦しんでいます。これなども、客観的に見れば、どこのお店も同じようなブランド、商品が並んでいて、同質化してしまっているので、競合が起こるのは当然のことだと言えます。根本から見直しを行い、差別化を積極的に進めるようにしなければ、将来はないように思います。
そういう視点から、いま私どもセブン&アイグループのそごう・西武では、「リミテッド エディション」という自主開発商品の取り組みに力を注いでいます。これは、著名なデザイナーと新しいお取引先とチームを組んだファッション領域から、日常生活の変化に対応した雑貨まで幅広く展開し、他にはないものを提供することで、売れ行きを伸ばしています。モノ余りの時代になって、多くのお客様はいままでとは違うもの、上質なものを求めています。ですから、自分たちで商品開発まで踏み込んで、同質化から脱却することができれば、百貨店は成長していく力を持っている業態だと考えています。
楠木 私は、鈴木さんがセブン‐イレブンという、それまで日本にはなかった小売形態を、新しく生み出した点に、つねづね興味を持ってきました。いままでどこにもなかったまったく新しい戦略のストーリーを、鈴木さんが思いつかれたきっかけは何だったのでしょうか。
鈴木 スーパーが盛んに出店を進めていた1970年代、町の商店街は経営不振に陥る中小小売店が増えていました。それで、イトーヨーカドーの出店のために、地域の商店街の皆さんのところに挨拶に行くと、「スーパーが進出してくるから、町の小売店が経営不振になる」と猛反対を受けました。私自身は、中小小売店が不振に陥ったのは、商売の仕方が時代の変化に対応できなくなった結果で、お客様のニーズに合った商品を揃え、生産性を高めていけば、大型店が進出してきても、共存共栄が可能だと考えていました。
しかし、いくら口でそのような説明をしても納得してもらえません。それなら自分たちで、そういう小さな小売店が成り立つことを実証しようと考えたのが、そもそものきっかけです。
楠木 そうすると、本筋はあくまでもスーパーの出店を円滑に進めるということにあったわけですね。それでは、セブン‐イレブンを実際に導入された時に、いまのようにコンビニ業態が大きく成長するとは予想されていなかったということですか。
鈴木 当初はセブン‐イレブンがいまのように成長するとは考えていませんでした。しかも、社内も流通の専門家や学者も、ようやく大型店の時代を迎えようとしている日本で、そんな小さな店が成功するはずがないと、猛反対でした。私はイトーヨーカドーに中途入社して、小売業の経験が浅かったので、社内でも「きみは商売がわかっていない」と言われました。それでも、私はやってみる価値があるからと、反対を押し切って始めたのです。
楠木 教科書では「戦略とは人と違うことをやること」とあるのですが、しかし人と違っていても、儲からないのでは意味がありません。ですから、正しく言えば、人と違った儲かることをやりなさい、ということになりますが、「儲かるいいこと」だとすぐにわかることだったら、とっくに別の誰かが思いついているはずです。あるいは、まだ誰も思いついていなかったとしても、すぐに「いい」とわかることだったら、みんながその事業に参入してきて、追いつかれてしまいます。そう考えると、ほんとうに新しい産業を生み出すイノベーターが出てきた場合、その人が始めようとしていることは、多くの人からはすぐに、「儲かるいいこと」とは受け止められないのではないかと思います。鈴木さんがセブン‐イレブンを始めた時が、まさにそうだったということですね。
鈴木 私はよく一般論として、みんなが反対することはやる価値がある、みんなが賛成することは、却ってやらない方がいいと言っています。かつて、ボーリングがブームになった時に、流通業もボーリング場に参入するところが多かったのです。その時、イトーヨーカドーでもボーリング場をやってみたらどうかということになりましたが、私は断固反対しました。場所があって機械を入れれば誰でもボーリング場がつくれますが、誰でもすぐにできてうまくいくということは、同時に競合に巻き込まれてしまうのが明らかです。
楠木 おっしゃる通りです。ですから「戦略とは人と違うことをする」というのは、実際はたいへん難しいことです。