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セブン&アイの挑戦
対談 国谷 裕子氏 × 井阪 隆一

いま、持続可能な社会の実現に向かって。
―脱炭素化、サーキュラーエコノミーの取り組み―

2022年2⽉

セブン&アイHLDGS. 代表取締役社長 井坂 隆一 ジャーナリスト 国谷 裕子氏
セブン&アイHLDGS. 代表取締役社長 井坂 隆一 ジャーナリスト 国谷 裕子氏

セブン&アイグループは、2019年に環境宣言『GREEN CHALLENGE 2050』を発表し、目標達成への歩みを着実に進めています。
今回の対談では、国際的な視野を持って環境問題やSDGsに関する取材・発信を積極的に行っている国谷裕子さんをお迎えし、脱炭素化やサーキュラーエコノミーの現状、そして今後の課題について、井阪社長とお話しいただきました。

この対談は2021年11月に実施いたしました。

問題を統合的な視点でとらえるSDGsの発想

ジャーナリスト 国谷 裕子氏
Profile

国谷 裕子

Hiroko Kuniya

大阪府生まれ。米国ブラウン大学卒業。
NHK「7時のニュース」の英語放送の翻訳・アナウンス、衛星放送「ワールドニュース」のキャスターを経て、1993年から2016年までNHK総合「クローズアップ現代」のキャスターとして活躍。
『キャスターという仕事』ほか著書・監修書多数。
菊池寛賞(国谷裕子と「クローズアップ現代」制作スタッフ)、日本記者クラブ賞、ギャラクシー賞特別賞などを受賞。

井阪 昨年は気候サミット※1や1年延期されたCOP※226も開かれて、地球規模で気候変動対策の加速化が求められています。今日は、脱炭素化やプラスチック問題などについて国谷さんにいろいろとお教えいただきたいと思います。国谷さんは近年、とりわけSDGsの問題に積極的に取り組んでいらっしゃいますが、そのきっかけについてお聞かせください。

  1. ※1気候サミット
    世界のリーダーから気候に関するアクションと意欲を引き出すことを目標に、ニューヨークの国連本部で開催されるサミット。2014年に初めて開催され、国連加盟国に加え、金融企業、市民社会、地方自治体など官民双方のリーダーが参加。
  2. ※2COP(国連気候変動枠組条約締約国会議)
    1992年に大気中の温室効果ガスの濃度を安定させることを目標とする「国連気候変動枠組条約」が採択され、この条約に基づき1995年から毎年開催されている国際会議。

国谷 2015年、創設70周年を迎えた国連で最重要テーマとして取りあげられたのがSDGsです。193の国連全加盟国がこれを採択しました。私は「クローズアップ現代」で、この国連総会を取材していたのですが、その時、国際社会全体の地球環境に対する強い危機感を実感しました。日本国内ではそれまでSDGsについては報道されておらず、私自身、多くの情報にアクセスできるNHKにいながら、取材の準備に入るまで知識がありませんでした。この国内外のギャップに大きな衝撃を受けました。

井阪 なるほど。確かに当時はSDGsと言っても、国内で知っている人は少なかったでしょうね。

国谷 また、SDGsの発想にも学ぶところがありました。私は23年間NHKの「クローズアップ現代」に携わり、社会、経済、政治のさまざまな課題について、その背景や原因、解決策などをお伝えしてきましたが、問題の解決策だと信じて実行したことが、より深刻な別の問題を引き起こしていたということに遭遇しました。その経験から、問題をそれぞれ個別にとらえているだけでは、全体的な問題解決にはならないばかりか、全体が悪化してしまう可能性さえあることに気づかされました。SDGsの取材を通じて、経済、社会、環境を不可分なものとして統合的にとらえる発想があることを知り、「あ、これが今後の社会をよくしていくものの見方ではないか」と強く感じました。

井阪 部分最適と全体最適の問題ですね。お店でも売場をよくしようとした取り組みが、サプライチェーンの川上で問題を発生させたというようなことを経験します。全体を俯瞰する視点がないと、問題を根本的に解決できませんね。SDGsが全体を見通す視点を教えてくれるとうかがい、改めてSDGsに取り組むことの大切さを感じます。

国谷 井阪社長ご自身は、どういう思いからこの問題に積極的に取り組んでこられたのですか。

井阪 私たちグループはこれまでさまざまな社会環境の変化に、価値ある商品やサービスの提供を通じて対応し、豊かで便利な暮らしの実現に努めてまいりました。そして、お客様をはじめ、あらゆるステークホルダーの皆様のお力添えのもと、大きく成長してまいりました。一方で、たとえばCO2排出や廃棄プラスチックの増大など、外部不経済の拡大を生んでしまっていたことも事実です。これを放置したままで成長を図っていくことは、「正しい成長」とは言えないのではないか。今、我々の世代で環境負荷の低減に着手しないと、もう手遅れになる。そういう思いを強く持ちまして、まずは私たちの事業に関係の深いジャンルで目標を決めてしっかり進めようと考えました。そこで私たちグループでは、2019年に環境宣言『GREEN CHALLENGE 2050』※3を公表し、事業活動に関連の深い4つのテーマを特定し、2030年および2050年の具体的な目標値を示してグループの全従業員が一丸となって取り組みを進めています。

  1. ※3環境宣言『GREEN CHALLENGE 2050』
    持続可能な社会づくりに貢献するためセブン&アイグループが2019年に定めた環境宣言。「CO2排出量削減」「プラスチック対策」「食品ロス・食品リサイクル対策」「持続可能な調達」の4つのテーマでイノベーションチームを立ち上げ、グループ横断での取り組みを推進。

国谷 そういうトップコミットメントは大変重要です。ただ、短期的な収益や利益目標と中長期的なサステナビリティの取り組みを両立させるのは、そう簡単ではないと思いますが。

セブン&アイHLDGS. 代表取締役社長 井坂 隆一

井阪 今の時点だけを切り取って見ると、確かに環境などへの投資と収益性とが相反する点があると思います。しかし、新しい取り組みが普及することで、見えてくる風景も変わるのではないでしょうか。とくに環境課題のように、もはや誰も避けて通れない課題への投資は、企業成長の観点からも進める必要があります。ですから、グループの各事業会社でも、成長投資で一定の投資をする中で、5%ぐらいを環境問題に割り当てることを前提にシナリオをつくっています。

国谷 グループ各社の経営状況の違いや取り組みに対する進捗差などもあると思いますが、意思の統一を図るために、どのようなことを行っていますか。

井阪 まだセブン&アイ・ホールディングスと主要な事業会社の役員だけですが、CO2排出量の削減目標の達成度合を賞与連動させています。
 また、私たちのグループではTCFD※4の提言に沿って気候変動によるリスクと機会のシナリオ分析も進めています。昨年8月、IPCC※5が「この気候変動は人間の活動に起因している」と断定しました。いまや人間の活動が地球環境に影響を与えていることは、無視しえない事実ですね。この事実を受け止めて、リスクと機会を評価することが重要と考えています。

  1. ※4TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)
    主要国の中央銀行や金融規制当局などが参加する国際機関「金融安定理事会(FSB)」によって設立されたタスクフォース。自主的で一貫性のある気候関連財務情報開示方法を開発することを目的として設立され、2017年6月、企業が任意で行う気候関連のリスクと機会に関する情報開示のあり方について提言を公表。
  2. ※5IPCC(気候変動に関する政府間パネル)
    気候変化、影響、適応および緩和方策に関し、科学的、技術的、社会経済学的な見地から包括的な評価を行うことを目的として、1988年に世界気象機関(WMO)と国連環境計画(UNEP)により設立された組織。

国谷 産業革命以前に比べるとすでに、平均気温は1.2度上昇しています。平均気温の上昇を止めるには、CO2排出量を減らさないといけないと警告されながら、現在もまだ世界的にCO2排出量が増え続けています。日本でも気象庁が3カ所でCO2濃度の定点観測を続けていますが、1990年からの30年間で大気中のCO2濃度は18%も増えていて、その増加ペースはむしろ加速しています。このまま平均気温の上昇が続くと2度から3度の間のどこかで、地球環境に破局的な変化が起きてしまうと、科学者は警告しています。

井阪 実は1.5~2度のシナリオと2.7~4度の2つのシナリオ分析を進めていますが、今のお話では後者のシナリオは選択できませんね。

国谷 南極や北極では、白い氷が太陽光の熱を跳ね返してくれますが、氷が溶けて表面が液体になると色が暗くなり、熱を吸収するようになります。氷床も溶けだし海水面が上昇、海流と降水量が変化し、熱帯雨林の乾燥も引き起こします。ドミノ倒しのように地球規模で悪循環が広がり、気温上昇に拍車がかかってしまうのです。2度から3度の間のどこかで、そうした悪循環が地球に後戻りできない破局をもたらします。なんとしても、1.5度未満に抑えなくてはなりません。

井阪 なるほど、大変ショッキングですがよくわかりました。

お取引先とも、お客様ともコミュニケーションを重ねて

国谷 いまや自社だけでなくサプライチェーン全体のCO2排出量の削減が求められていますが、小売業では商品の調達先から消費者まで含めて考えるとなると、かなり難しい点もありませんか。

井阪 まず自分たちで、『GREEN CHALLENGE 2050』という具体的な取り組み目標を示し、すべてのお取引先にも「セブン&アイグループお取引先サステナブル行動指針」をお示しして、我々の考え方と共通認識でお取り組みをさせていただきたいというところから進めています。グループ全体では、ものすごくたくさんのお取引先がありますが、まずお取引先の皆さんに、現状分析をどう進めましょうかというインタビューを始めています。

国谷 エネルギー消費自体をもう一歩減らしていくには、恐らく消費者のライフスタイルを変えていく必要があると思います。現在の生活は、従来の大量生産、大量消費、大量廃棄という仕組みの中で、CO2の排出やプラスチックの使い捨てなど地球の回復力を超えた負荷を与え続けています。その結果、日本は一人当たりの使い捨てプラスチック量が世界で2番目に多く、フードロスもアメリカ、フランスと並ぶ世界有数の廃棄国です。衣類の多くが一回も袖を通されることなく捨てられているなど、大量生産、大量消費、大量廃棄が極端なまでに進みました。厳しいことを申し上げますと、小売業はこの風潮をリードしてきた存在で、消費者の間でもいつしか安さが最大の価値になってしまいました。サステナブルな商品を売ろうと苦労している方のお話を聞きますと、商品の背景を伝えて、サステナブルな価値、エシカルであるというストーリーを伝えても、やはり価格が安くないと買ってくれないとおっしゃいます。

井阪 ご指摘の点は、よく理解できます。近年は少子高齢化の進展やデジタル融合など小売業を取り巻く社会環境が大きく変化し、お客様の購買行動や価値観も多様化する中で、大量生産、大量販売というかつての枠組み自体が、通用しなくなっています。当社グループでもセブン‐イレブンをはじめ各事業会社とも、過去の枠組みからの脱却を図っています。お客様の側でも近年は価格先行ではなく、商品の生まれた背景などを知っていただくことで商品を選択していただける機運が高まっているように感じます。
 価格志向という点では、バブル崩壊後に多くの小売業が価格志向に向かう中で、私たちのグループはむしろ品質や味などの価値にこだわってきました。「セブンプレミアム」というプライベートブランドも、たとえばおいしさや健康、優秀な機能といった価格以外の価値を積極的に訴求する姿勢から生まれました。近年ではサステナブルな生活スタイルというニーズにお応えするため、リサイクルPETを原料にした肌着なども開発しています。私たちが率先して商品やサービスのあり方を変え、情報を提供するといった働きかけを進めることで、お客様の行動変容につなげることが可能なのではないか、そう感じています。

国谷 消費者が変わっていくために、小売業の果たす役割はとても大きいですし、責任もあると思います。ほんとうに必要なものだけをつくり、廃棄を減らし、エネルギー消費を減らすという取り組みを進める必要があると思います。

井阪 おっしゃる通り、お客様との地道なコミュニケーションが不可欠ですね。

急がれる脱炭素化を3つの柱で推進

ジャーナリスト 国谷 裕子氏

国谷 私はエネルギーの脱炭素化のペースが、日本はまだまだ遅いと感じています。世界規模で早急に脱炭素化を進めないと間に合わなくなっていますが、日本では再生可能エネルギーの取り組みが遅れ、再生可能エネルギーを調達したくても足りないという状況があります。セブン&アイグループでは、脱炭素化にどのように取り組んでいらっしゃいますか。

井阪 私たちは、省エネルギー化、創エネルギー、それとオフサイトPPA(電力購入契約)による再生可能エネルギーの調達という3点を柱に取り組んでいます(四季報152号「パートナー企業とともに」参照)。これまでも店舗設備の省エネルギー化などを進めてきましたが、なおいっそう省エネを図るには、店舗の皆さんの省エネ意識を高めることが大切だと考えています。そのためにセブン‐イレブンではお店にスマートセンサーを入れて、電力をどれぐらい使ったかお店の人たちがわかるようにしました。消費量を可視化することで省エネの意識が格段に高まっています。
 オフサイトPPAでは、昨年からNTTグループさんとの協創をスタートさせています。こうした取り組みも、私たちが『GREEN CHALLENGE 2050』を発表した成果の一つです。宣言の発表後、多くの方々から一緒にやりましょうというお話をいただけるようになりました。こちらが積極的に発信していくことで、新たな結びつきが生まれ、そこから変化が広がっていく、そういうプロセスが大事だなと実感しています。

国谷 脱炭素化ではカーボンプライシング※6も世界的に課題となっていますが、これについてはどうお考えですか。

  1. ※6 カーボンプライシング
    「炭素税」「国内排出量取引」といった仕組みでCO2排出量に価格をつけ、排出者の行動を変容させる政策手法。

井阪 カーボンプライシングは、炭素排出量に直接コストがかかる話なので、大変厳しく見積もっています。実は、先ほど話題に出た1.5度シナリオも、炭素税の導入を前提に見直しており、先行して炭素税を導入している国の価格などを参考に試算しています。これは、近い将来確実に導入されると考えて、厳しい数値でリスク分析をしておくことが経営者の責務だと思っています。

国谷 カーボンプライシングは、これまでの経済価値を見直すことにつながりますから、社内で投資判断をするうえでも、重要な指標になります。セブン&アイグループが相当厳しい数値で考えているということに、真剣さを感じます。

井阪 カーボンプライシングを厳しく見積もることで、2030年度までにCO2排出量50%削減、50年度までに実質ゼロという目標の達成がより重要になります。リスクシナリオをつくり、CO2排出をコストとして見える化することで、削減の取り組みに対する真剣さも生まれます。私自身の意識も変わり、事業会社のトップの意識も変わりました。今後、グループ各社で順次そういうシナリオ分析を進めていきます。

成功事例を重ねて社会に根ざした取り組みへ

セブン&アイHLDGS. 代表取締役社長 井坂 隆一

国谷 プラスチックの削減や循環利用を進めるうえで一番難しい点は何でしょうか。

井阪 国内のグループ売上のうち、約6割が食品の売上となっており、そのうち約5割がオリジナル商品です。一部のオリジナル商品のパッケージについては、50%を環境配慮型素材に転換し、それに加えてプラスチックの総使用量を減らすという取り組みを進めています。プラスチックは軟質でも硬質でも多様な形に変えられて便利です。また、酸素の遮断などの機能にもすぐれています。それがプラスチックの全廃を困難にしています。しかしマイルストーンをつくって着実に取り組めば、できないことはないと考えました。それで2050年の目標に向けた工程表をつくりましたが、だいたい計画通りに削減が進み、環境配慮型素材への置き換えも進捗しています。
 サーキュラーエコノミーのボトルネックはリサイクラーが少ないという点です。リサイクルできる素材に絞り込んで工場を増やしていかないと、なかなかリサイクラーを増やすのは困難だと思います。日本ではPETがリサイクルに適した素材なので、これについてはすでに2社のリサイクラーさんに私どもから出資して、工場を増やしていただきながら、循環型のループをつくっていきたいと考えています。さまざまな商品の容器をできるだけPET素材に替え、電子レンジにかける商品は紙などに切り替えて、全体のプラスチックを減らしながら、そういうサーキュラーエコノミーも構築していく考えです。

国谷 リサイクルが産業として成立していないことも大きな問題です。使い終わったプラスチックをまだ廃棄物と見ており、資源ととらえられていません。静脈経済が非常に未発達ですから、動脈経済と同様の力強いものに転換していかないといけませんね。セブン&アイグループのような大きなグループが、本気になってそういうものが必要だ、育てたいと声を上げていくことで、変わっていくと期待しています。EUなどでは、廃棄物処理という概念ではなく、新しい産業として雇用も生み出そうとしています。

井阪 プラスチックは廃棄物ではなく資源と考えるべきです。今年の4月にはプラスチック資源循環促進法で認定を受ければ「廃棄物処理法の業許可が不要になる」との話があります。現状は、ごみという扱いで自治体を越えて運べないといった規制があるため、資源として運べるように、各自治体に了解をいただいています。店舗で集め、静脈物流(返品や回収などによって消費者から企業に運ばれる物流)で運び、工場で再生する、そういうループが少しずつでき始めています。
 また、POC(コンセプトの実証)を重ねて、成功事例をつくっていくことも大切だと考えています。サーキュラーエコノミーでも、こうしたら事業として成功しましたという事例を生み出すことができれば、参加企業や地域も増えていくと思います。
 最後になりますが、国谷さんから、当社グループへのご要望などがあればお聞かせください。

国谷 今、小売業は競争も厳しいと思いますが、その中にあって脱炭素化やサーキュラーエコノミーなどで地域社会の核となって、メーカーさんや時にはご同業も含めたいろいろな企業の皆さんとの連携を生み出していただければと思います。さまざまな産業からご家庭までの横連携が生まれれば、サステナブルな社会に向けた変革も加速するのではないかと考えています。

井阪 そういった革新的な連携や協創などをしていけるように、がんばりたいと思います。
 今日の国谷さんのお話から学ぶことがたくさんありました。ぜひ今後の取り組みに活かして、ご期待に沿えるよう力を注いでまいりたいと思います。本日はお忙しい中、誠にありがとうございました。

セブン&アイHLDGS. 代表取締役社長 井坂 隆一 ジャーナリスト 国谷 裕子氏