


(さかもと・ゆきお)
1947 年群馬県生まれ。1970 年日本体育大学を卒業後、日本テキサス・インスツルメンツ(株)入社。
同社取締役、副社長(株)神戸製鋼所 電子・情報事業本部 情報エレクトロニクス本部副本部長、ユー・エム・シー・ジャパン(株)代表取締役社長などを歴任。
2002 年エルピーダメモリ(株)代表取締役社長に就任。

鈴木 坂本さんは2002年にエルピーダメモリの社長に就任されて、それまで赤字だった業績を1年で黒字に転換し、2年で上場を果たされました。エルピーダメモリは、たいへん競争の激しい半導体事業の中で、その後も成長を続け、たいへん注目されています。今日は、坂本さんのマネジメントに関する考え方などについておうかがいしたいと思います。
坂本 エルピーダメモリは、半導体の中でも※DRAMというものを専門につくっている会社です。DRAMというのは、つねに書き込みをしていかないと記憶が消えてしまうもので、現在の市場構成を見ますと、その70%がパソコンやサーバ用、残りの30%が、携帯電話やデジタル家電などに使われています。
私が社長に就任した時、エルピーダメモリのDRAM市場でのシェアは2%ほどでした。そこで、DRAMの競合メーカーが居並ぶパソコン市場ではなく、収益性の高い携帯電話市場に注力すると決めました。その結果、現在携帯電話用のDRAMでは、私どもエルピーダメモリが65〜70%くらいのシェアを有するようになりました。
※ DRAM(ディーラム)= Dynamic Random Access Memory:
「記憶保持動作が必要な随時読み出し書き込みが可能な半導体回路」で、パソコンの主記憶装置などに用いられています。
鈴木 半導体というのは、シリコンサイクルと呼ばれる景気変動の波があって、短サイクルで価格も大きな変動を繰り返していると聞いていますが、その中で安定的に収益を確保していくのはたいへんなのではないですか。
坂本 おっしゃる通り、パソコン用のDRAMはたいへん価格変動が激しい分野です。たとえば、昨年の10〜12月の価格に対して、今年の5月には4分の1になってしまいました。わずか半年足らずでこれだけ大きな変化があります。
しかし、携帯電話用のDRAM市場は、それに比べるとずっと変化が緩やかで、価格が下降する局面でも年間で25%ダウンという程度です。このスピードであれば、私たちはコストダウンの努力によって対応が図れます。パソコン用のようなスピードで価格が急変動すると、ギャンブル的な要素が強くなります。
鈴木 いずれにしても、市場の変化に対応していくには、スピードが重要でしょう。私ども流通業でも、いまお客様のニーズの変化がどんどん加速しており、市場変化も年々激しくなっています。これに対応していくことが大きな課題ですが、その一方で流通業というのは労働集約型の産業で、大勢の人の力で動いていくものですから、会社の規模が大きくなるほど、スピーディーに変えていくことがたいへんになります。坂本さんも赤字体質の会社を短期間に黒字化して、成長企業に変えるには、かなり徹底した改革を進められたのでしょうね。
坂本 実は、私は改革をしたという意識がほとんどありません。改革をしているゆとりさえなかったと言った方がいいかも知れません。エルピーダメモリは日本電気と日立製作所が共同出資で設立した会社ですが、私が入った時は、エルピーダメモリ自身が250億円の赤字で、親会社2社も赤字を負担していました。
私が社長に就任した時、まず従業員には1年以内の黒字化を目指すと言いました。日本の会社はマネジメントを一新して生まれ変わるという時も、3年、4年とかけて改革しようと考えます。しかし、そんなに時間をかけていては改革などできません。1年で変わらなければ、永遠に変わらないと思っています。
鈴木 短期間に変えようとすればするほど、そこで働く人たちがトップの考え方を理解して、ついてきてくれることが不可欠です。その点はどのように徹底を図っていかれたのですか。
坂本 まず、トップ自身が動くことが重要だと思います。いくら口で理路整然と問題点を指摘しても従業員にはなかなか伝わらないものです。それよりも自分で動いて成果を出していくと、おのずと部下もそれを見ていて、「自分たちももっとやらないといけない」というふうになります。
社長就任時に、従業員の仕事の仕方を変えるために「会議は1時間以内」「レポートはA4サイズ1枚以内」「メールなどでの質問に対する返事は24時間以内」など、今後こうして変えていくという項目を具体的に示しました。
たとえば、それまではみんなが報告書を20枚も30枚も書いていたり、製品の設計が終わると設計者が1000頁くらいのドキュメントをつくっていました。そんなに大量の書類など、つくる方もたいへんですが読むにも時間がかかり仕事の妨げになります。
何かを改革しようという概念やテーマが先にあったわけではなくて、先入観を持たずに合理的に考えれば、こうすることが当然だろうという点を日常的に変えていきました。改革をしたというより、現場にあったムリやムダ、不合理な面を変えるという、ごく当たり前のことを進めていきました。