

鈴木 社員1人1人が、積極的に行動を変えていくには、それぞれが自分の持ち場で経営感覚を持って仕事をすることが必要ですね。その点で、私はマニュアル経営というものを否定しているのですが、星野さんはどうお考えですか。
星野 私もマニュアル経営の否定には大賛成です。接客サービスで、お客様に満足してい
ただくには、サービスを提供する側の瞬時の判断が重要です。このお客様には、このようなサービスをここまですれば喜んでいただけると、現場にいるスタッフはわかっています。ところがマニュアルは、そういう自主的な判断を制限する方向に働くことが多いのではないでしょうか。「こういうふうにしなさい」とマニュアルに書かれていると、それが同時にそれ以上のことはしなくて良いという意味に受け止められてしまうからです。そのため、現場のスタッフが、もう少しこうすればお客様に満足してもらえるとわかっていても、それをしなくなってしまいます。
スタッフ1人1人が自分で経営判断できるようにして、お客様と接した時に、この方にはこうした方が良いと瞬時に判断できるようにすることが大切だと考えています。ですから、組織もピラミッド型ではなく、できるだけフラットにして最前線で経営判断ができるように考えています。
鈴木 現場の社員1人1人に経営感覚を持ってもらうには、現場に権限を委譲していくことが大切ですね。私もパートタイマーやアルバイトにいたるまで社員と同じ権限を持ち、発注から売場づくりまで責任を持って仕事ができるような仕組みづくりを追求してきました。現場の1人1人がどのようにすれば成果を上げられるかを考え、つねに自分たちで仮説を立てて実行し、検証していくという仕事の進め方が不可欠でしょう。
星野さんは、経営判断ができる社員を育てるための教育という点では、どのような工夫をされていますか。
星野 特別な教育を行うというより、現場の人たちに経営情報をできるだけオープンにし、情報格差をなくすように努めています。
ホテルや旅館で働く人はアルバイトやパートタイマーの誰もが、お客様に喜んでいただきたいという気持ちを同じように持っています。お客様にほめられ、また来るよと言われれば、誰もがやりがいを感じ、その次はもっと喜んでいただくようにしようと考えます。
そのような基盤があるわけですから、正しい情報を全スタッフが共有することで、現場ではその時々に自分たちは何をすればいいか、より正確な判断ができるようになると思います。
お客様から直接ほめていただく機会をできるだけ増やし、そうした経験や自信が次の仕事への活力となることを大切にしています。
鈴木 現在は変化の激しい時代ですから、その時々の正しい情報をきちっと従業員に伝え、共有化していくことがきわめて重要ですね。私も、一貫して社内の情報共有化に力を
注いできました。セブン-イレブンでは、全国に約1500名いるオペレーション・フィールド・カウンセラー(店舗経営指導員)全員を毎週本部に集めて、私や幹部社員から、経営方針や市場動向、商品情報まで、その時に必要な情報を直接発信しています。また、イトーヨーカドーでも全店の店長を本部に集めて、会社の方針や商品情報などを具体的に伝えています。
このように毎週大勢の人を集めるのはコストもかかるのですが、私は、最も基本となる重要な情報は、直接、顔を合わせてコミュニケーションを行う「ダイレクトコミュニケーション」でなければ伝えられないという信念を持って取り組んでいます。
星野 私の場合は、3ヶ月に一度は各拠点へ出向くように心がけています。また、月に一度は総支配人と現状について話し合い、またプロジェクトなどの会議に参加して、直接意見を交換するようにしています。その他必要に応じてテレビ会議システムなどを通じて、各拠点の会議にも随時参加します。そのようなコミュニケーションを通じて顧客満足度や社員への情報公開の進み具合を確認しています。
鈴木 先ほど話に出た「リゾナーレ」は12歳までの子どもと大人のファミリーリゾートをコンセプトに打ち出した経営で成功されたと聞いています。運営されている13件は、それぞれ地域特性もお客様のニーズも大きく異なると思いますが、小売業でも商圏や立地環境によってお客様のニーズが違いますから、個店ごとにきめ細かな対応をしていく必要があります。私どもでは、個々の店舗ごとにそれぞれのマーケットに対応を図る「個店経営」に力を注いできました。セブン-イレブンは国内で1万1000店舗以上展開していますが、品揃えも売場づくりも1店舗として同じ店はありません。
星野 リゾートや旅館などの宿泊施設の場合も、小売業以上に地域や個々の事情による違いは大きいと思います。各リゾートの再生に当たっては、数字の分析だけでなく、自分たちにとってのお客様は誰なのかを見い出すことが重要です。徹底した市場調査を行い、個々の施設がそれぞれ自分たちの得意とするお客様を見つけ出し、そのお客様をしっかりと惹きつけられれば、経営の基盤が成り立ちます。誰に対してどんなサービスを提供するのか、ターゲット、コンセプトを明確にしながら再生に取り組んでいます。
また、温泉旅館やリゾートは季節ごとの新しい魅力を打ち出して、つねにお客様に働きかけていく必要があります。同じサービスを続けていてはしだいに需要が落ちていきます。
鈴木 小売業もまったく同じです。お客様はつねに新しいものを求めているので、同じ売場演出を続けていてはすぐに飽きられてしまいます。ですから、新しい価値を持った商品を次々と提供し、売場もどんどん変化させていかなければなりません。そのためにも、社員1人1人の経営感覚と、自分から仕事をする自主性ということが、ますます重要になっています。
鈴木 これから星野さんはどんなことに挑戦していこうとお考えですか。
星野 日本の温泉旅館は、世界にもまれに見る素晴らしい宿泊形態だと考えています。そこでは、床に布団を敷いて寝たり、知らない者同士がいっしょになって温泉につかったり、海外の人から見ればまさに異文化を凝縮した形で体験できます。私は、温泉旅館はそれ自体が世界から集客できる大きな観光資源だと思っています。国内には、温泉旅館が90万室あると言われています。経営効率を圧倒的に高め、生産性を上げていく、そのための仕組みづくりを進めたいと考えています。
昨今、日本では海外からの観光客を増やすという取り組みに、政府も力を入れ始めています。しかし、まだ、海外からの観光客を増やすには何が必要か、生産性を高めるにはどうしたら良いかといった根本的なアプローチはほとんどできていません。私はそこに取り組んでいきたいと考えています。
鈴木 流通業もリゾート事業も、お客様のニーズや市場環境が毎日どんどん変化していますから、そのような効率化の仕組みづくりも、これで終わりということはありませんね。私は、経営とは革新だと考えています。お客様に満足していただくために、飽きることなく革新を続けていくことが経営だと思います。
今日は、星野さんのリゾート事業の革新に関する考え方をうかがい、改めて革新を続けることで壁を1つ1つ破っていくことの大切さを確認できました。お忙しい中、貴重なお話をどうもありがとうございました。