


(かたひら・ほたか)
1948年生まれ。
1970年国際基督教大学教養学部卒。
東京大学大学院経済学研究科博士課程、大阪大学助手、同講師、助教授を経て83年東京大学経済学部助教授、89年〜04年3月東京大学大学院経済学研究科教授。
04年7月〜05年3月東京大学ものづくり経営研究センター特任教授。
主要著書に『パワー・ブランドの本質』『ブランド・エンジニアリング』『超顧客主義:顧客を越えた経営者に学ぶ』など。

鈴木 私どもは、9月1日にセブン&アイHLDGS.という持株会社を設立し、セブン-イレブン、イトーヨーカドー、デニーズは共にその事業会社となるという形で、新たなスタートを切りました。これからセブン&アイHLDGS.というブランドを確立し、お客様に信頼を寄せていただけるよう努めていかなければなりません。現在は、ブランドの持つ重要性がますます高まっています。セブン&アイHLDGS.設立は、ブランドについて改めて考え、自分たちの手でブランドをつくりあげていく、良い機会になると考えています。
片平さんは、お客様の立場に立ったブランド価値の確立について、実際の企業の取り組みの分析や提言などを積極的に進められていらっしゃいます。今日は、片平さんから、ブランド価値をどう考え、どう確立していったら良いかについて、おうかがいしたいと思います。
片平 ブランドについては、これまで経済学や経営学の中でも、あまり正面から取り上げられず、多くの人がブランドと聞くと、漠然と高級ブランド品を思い浮かべて、そういうものだと誤解しているようです。しかし、ブランド価値は、何も高級時計や車のような高価な商品だけに限りません。たとえ百円の商品でも、ブランド価値を生み出すことは可能です。
鈴木 ブランドについて、これまであまりきちっと考えられてこなかった背景には、経済が成長期にあったためではないかという気がします。経済が右肩上がりで成長していた時代は、お客様も特にブランドを意識せず、とにかく今日の生活に間に合えば良いという意識で商品を選んでいたわけです。しかし、昨今のように経済が成熟段階を迎え、消費が飽和状態になると、同じような商品だったらどれが自分をほんとうに満足させてくれるのか、ということが重要になります。私はよく言っているのですが、そのような成熟段階では、経済原則よりもお客様の心理の方が重要になります。そこにブランドの価値が重要性を増す背景があるように思います。
片平 まったくおっしゃる通りです。経済成長期は、テレビが普及すると、今度はリモコン付きのテレビが開発され、リモコンがないより、リモコンのあるテレビが欲しくなる。そういう要求に応えて、いかに良いモノをつくるかが重要になるのですが、それはあくまでもモノのレベルで解決できる話です。そのような時代を背景にして発展してきた経済学では、企業の価値というのはモノをつくって売って利益を上げることだという考え方が根強くありました。
しかし、いまはモノから得られる機能に加えて、モノをつくる人、売る人が自分たちのことをどれだけ考えてくれるのか、そのあたりがついてこないと、お客様の中にうれしさは生まれません。
優れたものをつくることに喜びを感じる職人の心と、お客様に満足してもらうことに喜びを見いだす商人(あきんど)の心、その両方を凝縮した心をもつ人、これを私は「職商人(しょく・あきんど)」と呼んでいるのですが、ブランドを生み出していくのは、その「職商人」だと考えています。
鈴木 経済原則に照らして満足感を提供するという方が、尺度がはっきりとしていて対応が楽ですね。経済合理性で考えれば、同じような商品なら、安い方が良いのは当然なわけですから。しかし、いまのお客様は、逆に価格が高い方が、何か信頼感があるのではないかと考えて買っていかれる場合もあります。このような心理的な要素が、大きな働きをする時代になり、商売がたいへん難しいと感じています。
片平 成熟社会はお客様をうれしくさせることが難しい社会であることは間違いありません。昨年、アメリカでディズニーの取材をしたのですが、そこの経営陣が共通して言うのは、「自分たちは、世界中の老若男女が年齢、性別を超えて持っている『子供心』に働きかける。だから、政治、性、ドラッグ、暴力の4つは、理屈ではなくとにかく扱わない」ということです。そういう一貫した信念や哲学があるからこそ、ほんものの感動を生み、お客様にさらなる期待を持ってもらうことができるに違いありません。それは、コストがいくらで、こんな材料で……といった経済原則だけでモノをつくっているのとは違います。
鈴木 もう一つ、消費が経済原則から心理の時代に変化して難しくなったのは、お客様にもどんな商品やサービスが欲しいか、具体的には分からないという点です。経済原則だけを考えれば良かった時代は、お客様に「この商品はいくらぐらいなら買っていただけますか?」といった質問をすれば、具体的な答えが返ってきました。しかし、心理の時代は、「どうすれば満足できるか」と質問しても、お客様自身も答えられません。ですから、私たち売り手の側が、どうすればお客様が満足してくださるか、お客様の立場に立って自分たちで探っていくほかないわけです。